ああ、痛ましい哉、我等幾千かの仏肉を食い、我等幾千かの仏血を吸い、我等幾千かの仏命を断ち、我等幾千かの仏眼を決り、我等幾千かの仏肩を桂り、我等幾千かの仏皮を着つる」と『大智度論(だいちどろん)』の中で申され竜樹のみ心に、一歩いな半歩たりとも近づかせていただきたいものであります。
ああせよと (くち)()うより こうせよと してみせるこそ (おし)えなりけれ
ああ(とうと) ああああ(とうと) ああ(とうと) (かがや)きたまう (おお)ミオヤ(さま)
挨拶(あいさつ)  矢のたとえ!一番の矢と二番矢 苦の一番矢を受けても二番の苦の矢は念仏を称えている人は受けない! 一番矢楽は二番矢は欲の働きによって苦の始まりになる。  苦楽(くらく) 挨拶(あいさつ)
挨拶(あいさつ)(ぶん)感謝(かんしゃ)懺悔(さんげ)回向(えこう)
(あい)反対(はんたい)無関心(むかんしん)だ    マザーテレサ 人権(じんけん) 関心(かんしん)  怨憎会苦(おんぞうえく)関心(かんしん)がある
愛撫(あいぶ) ()えられぬ (ひかり)のみ()に ()きしめて (つね)(われ)らを 愛撫(あいぶ)(たま)う 無碍(むげ)(こう) 光明(こうみょう) 護念(ごねん) 愛撫(あいぶ) 増上(ぞうじょう)
(あお)いで願文(がんもん)()れば、(なみだ) (そう)(がん)()かぶ、万劫(まんごう)まれに()き、(いま)(はじ)めて()(たてまつ)る、()宝刹(ほうせつ)(もう)でんこと、(いま)いくばくの曉夕(ぎょうせき)をや。
(あか) (じょう)不浄(ふじょう) 元々(もともと)はないけれども自分(じぶん)(つく)っていく (こころ)(あか)でつくる。 ()(くるま) (つく)大工(だいく)は おらねども (おの)がつくりて (おの)()()く  自我(じが)オレガの(こころ)(つく)っていく。
(あか) (たき)つせの (きよ)きいづみに そそげかし 日々(ひび)(あら)たに こころのあかを
(あか) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや(つき) (明恵(みょうえ)主客(しゅきゃく) 川端(かわばた)康成(やすなり) ノーベル(しょう) (つき) ()
(あか)るく 三宝(さんぼう) @(ぶつ)(あか)るく  A(ほう)(ただ)しく B(そう)(なご)やかに 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
(あき)  (はる)(ひゃか)花あり、(あき)(つき)あり、(なつ)涼風(りょうふう)あり、(ふゆ)(ゆき)あり  四季(しき)季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)  ()(かい)禅師(ぜんじ)
(あき)  (はる)(はな) (なつ)ほととぎす (あき)(つき) (ふゆ)(ゆき)さえて すずしかりけり   道元(どうげん)禅師(ぜんじ) 四季(しき) 季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)
(あき) あみだぶに そむる(こころ)の いろにいでば あきの(こずえ)の たぐいならまし 法然上人() (あき) ()める (こずえ)
秋風(あきかぜ)に たなびく(くも)の たえまより もれいづる(がつ)の かげのさやけさ
(あき)()ぬと ()にはさやかに ()えねども (かぜ)(おと)にぞ (おどろ)かれぬる  人生(じんせい)春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)  信仰(しんこう)芽生(めば)え  古今集・秋上・一六九、藤原敏行  秋が来たと目にははっきりとは見えないが、風の音で気づいたことだ。
(あき)()に ()きたる(はな)を (および) ()り かき(かぞ)ふれば 七草(ななくさ)(はな) ((あき)()()いている(はな)指折(ゆびお)(かぞ)えてみると、七種(ななしゅ)(るい)になります) (山上(やまのうえ) 憶良(おくら)
(あき)(はぎ)に おける白露(しらつゆ) (あさ)(あさ)な (たま)とこそ()れ おける白露(しらつゆ)
(あく)  (われ)(ほっ)する(ところ)(ぜん)(おこな)うわたわず (ほっ)せざる(ところ)(あく)(おこな)う あぁ(なや)める(われ)なるかな。(パウロ)十夜(じゅうや) (ぜん) (あく) (よく) () 意思(いし)
悪業(あくごう) 三垢(さんく) (こころ)三垢(3あか)(わく)煩悩(ぼんのう)(ごう)=悪業(あくごう)()受苦(じゅく)) 垢質(くしつ)
()(ごう)  伊賀(いが)  黒田(くろだ)上人() 伊賀(いが)黒田(くろだ)上人() (しゅん)(じょう)(ぼう)重源(ちょうげん)  東大寺(とうだいじ) 大仏(だいぶつ)再建(さいこん) ()(ごう)始祖(しそ)
()(ごう)  黒田(くろだ)上人() 伊賀(いが)黒田(くろだ)上人() (しゅん)(じょう)(ぼう)重源(ちょうげん)  東大寺(とうだいじ) 大仏(だいぶつ)再建(さいこん) ()(ごう)始祖(しそ)
朝起き(あさおき)や 身を働かせ 小食(しょうしょく)に 忠孝ありて 灸をたやさず
朝顔(あさがお)千利休(せんのりきゅう)  千利休の屋敷の庭一面に咲くに朝顔の花は大変美しいという噂が立った。これを耳にした秀吉が「明朝見に行くからそのつもりでいるように」と利休に言いつけた。翌朝秀吉は利休の家を訪れ、露地を歩き始めたが朝顔の花などどこにも咲いていない。あの噂はいいかげんなものだったのかとだんだん不愉快な気分になり、「利休も利休だ。わしが見に行くといったときに、朝顔の花など咲いておりませんと言えばよいものを」と思うと一層腹が立ってきた。しかし、そのまま帰るのも大人げないと思い、躙り口(にじりぐち)を開けふと床を見ると、朝顔が一輪だけ生けてある。それを見た秀吉は、庭一面に咲き誇る朝顔には見られない独特の美しさに感動し、また利休にいっぱい食わされたということがようやく分かった。利休は前日に朝顔を一輪だけ残し全て抜き取り、それを生けてみせたのである。黄金づくりの茶室を得意げに見せびらかしている秀吉に対し、一輪の花が持つ美しさを示した利休の作意であった。 (全体(ぜんたい)一点(いってん)) 
朝顔(あさがお)に つるべとられて (もら)ひ水
(あさ)(あさ)な 飯食(はんしょく)ふごとに (わす)れじな めぐまぬ(たみ)に 恵まる(ゆいしんどう)()
浅原(あさはら)才一(さいち) 鈴木(すずき)大拙(だいせつ)(しゅう) いいなぁ 世界(せかい)虚空(こくう)がみな(ほとけ) わしもその(なか) 南無阿彌陀佛()  
あさ(みどり) (ふき)(とう)ひとつ (つち)もたげ  (はる) 彼岸(ひがん) (あじ) (にが)い 
あさみどり 澄みわたりたる 大空の 広きをおのが 心ともがな
朝夕(あさゆう)の つらきつとめは 御仏(みほとけ)の (ひと)になれよの (めぐ)みなれかし
(あじ) あさ(みどり) (ふき)(とう)ひとつ (つち)もたげ  (はる) 彼岸(ひがん) (あじ) (にが)い 
あししとも よしともいかで 云ひ果てん 折々かはる 人のこころを
葦原(あしはら)の 瑞穂(みずほ)(くに)の 万代(まんだい)も みだれぬ(みち)は (かみ)ぞひらきし
明日(あす)ありと (おも)(こころ)の あだざくら 夜半(よわ)(あらし)の ふかぬるものかは
(あつ)()も (さむ)きその()も (ゆき)()も 五劫思唯(ごこうしゆい)の ことを(おも)えば    荒巻(あらまき)くめ   五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)い  (さむ)い  (ゆき)
(あつ)()も (さむ)きその()も (ゆき)()も 五劫思唯(ごこうしゆい)の ことを(おも)えば    荒巻(あらまき)くめ   五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)い  (さむ)い  (ゆき)
あづさ弓 放たぬさきに 岩が根も つらぬく征矢(せいや)は 心なりけり
集めては(あつめては) 国の光と なりやせむ わが(まど)てらす 夜半(よは)(ほたる)
あはれなる 遠山はたの いほり哉 しはのけふりの 立つにつけても
阿鼻(あび)地獄(じごく) (とう)(かつ)(こく)(じょう)(しゅ)(ごう)叫喚(きょうかん)(だい)叫喚(きょうかん)焦熱(しょうねつ)(だい)焦熱(しょうねつ)無間(むけん)阿鼻(あび)
(あま)(はら) ふりさけ()れば かすがなる 三笠(みかさ)(やま)に いでしつきかも
(あま)(はら) ふりさけ()れば かすがなる 三笠(みかさ)(やま)に いでしつきかも
阿弥陀(あみだ)  ()きてよし ()してまたよし 極楽(ごくらく)の 弥陀(みだ)のみ(もと)に ()まる(うれ)しさ    生死(しょうじ) 阿弥陀(あみだ) 往生(おうじょう) 極楽(ごくらく) ()
阿弥陀(あみだ)  光明(こうみょう)はくまなくそそぐ  (かぎ)()きいのちに()きよ  人間(にんげん)智慧(ちえ)なたのみそ  み(めぐ)みは(ひと)(えら)ばず  ただ(たの)阿弥陀(あみだ)(ほとけ)とおしえたる  いみじさの我等(われら)祖師(そし)や  A煩悩(ぼんのう)()てとは()らず  みだれたる(こころ)もゆるし  人間(にんげん)(さが)のまにまに  み(ほとけ)(くに)()()く  この(みち)(だれ)かひらきしなさけある  (した)わしのわれらが祖師(そし)や  (佐藤(さとう)春夫(はるお) 作詞(さくし)法然上人()(しょう) 煩悩(ぼんのう) 阿弥陀(あみだ) 光明(こうみょう) 祖師(そし)
阿弥陀(あみだ)  ()(おも)(おや)(こころ)  (わたし)(おも)(ほとけ)(こころ)  親子(おやこ) (おや)() 阿弥陀(あみだ) (ほとけ)
阿彌陀(あみだ)amita a 計算(けいさん) mi メジャー ta過去(かこ)受動(じゅどう)分詞(ぶんし) 〜せられた。
阿弥陀(あみだ)(いち)(ぶつ)  ()()(しゅ)  阿弥陀(あみだ)(いち)(ほとけ)(しん)じ、念仏(ねんぶつ)一行(いっこう)(ぎょう)ずる。 宗教的(しゅうきょうてき)貞操(ていそう)(まも)ること。 (あしゃく)(やく)(かん)(てん)(てん)八蔵(はちぞう)
阿彌陀(あみだ)(さま)  念仏(ねんぶつ)(しゃ)(しん)本尊(ほんぞん)六十(60)(まん) 11(まん)(おく)(おく)(ぎょう)(どう)   阿彌陀(あみだ)さまを(いただ)く、畏敬(いけい)
阿弥陀仏(あみだぶつ)と 十声(10こえ)(とな)えて まどろまん (なが)(ねむ)りに なりもこそすれ 法然上人() 十念(じゅうねん) すいじ十念(じゅうねん) 就寝(しゅうしん) ()(とき)
阿弥陀仏(あみだぶつ)と (もう)すばかりを つとめにて 淨土(じょうど)荘厳(しょうごん) ()るぞうれしき 法然上人() 浄土(じょうど) 荘厳(しょうごん) 見佛(けんぶつ) 念仏(ねんぶつ) 三昧(さんまい)
阿彌陀(あみだ)(ぶつ)帰命(きみょう)し、称名(しょうみょう)念仏(ねんぶつ)によりて、往生(おうじょう)淨土(じょうど)のために(所求 本尊(ほんぞん)、所帰 目的(もくてき)、去行 方法(ほうほう)
あみだぶと いうよりほかは ()(くに)の 難波(なには)のことは あしかりぬべし 法然上人()
阿彌陀(あみだ)()と いうより(ほか)は ()(くに)の なにはの(こと)も あしかりぬべし
阿彌陀仏(あみだぶ)と 如何(いか)なる(ちぎ)り ありけらし (むかし)(こと)を ()かまほしさよ
あみだぶと (こころ)西(にし)に うつ(せみ)の もぬけはてたる (こえ)(すず)しき 法然上人() (なつ) 念仏(ねんぶつ) (せみ) (すず)しき
阿彌陀仏(あみだぶ)と (こころ)西(にし)に 空蝉(うつせみ)の もぬけは()てたる (こえ)(すず)しき
阿彌陀仏(あみだぶ)と ()(こえ)(とな)へて まどろまん (なが)きねぶりに なりもこそすれ  睡時(すいじ)十念(じゅうねん)
阿彌陀仏(あみだぶ)と (とな)うるごとに すすむ数珠(じゅず) ()もるを()れば なお(いさ)みける (ぶつ)(さだ)  念珠(ねんじゅ)
阿彌陀仏(あみだぶ)と 無為(むい)(みやこ)に ()()にも 有為(うい)のなみ(かぜ) たちさわぐかな
阿彌陀仏(あみだぶ)と (もう)すばかりを つとめにて 浄土(じょうど)荘厳(しょうごん) ()るぞうれしき
阿彌陀仏(あみだぶ)に そむる(こころ)の (いろ)にいでば (あき)(こずえ)の たぐいならまし   (抜苦(ばっく)与楽(よらく)
あみだぶに そむる(こころ)の いろにいでば あきの(こずえ)の たぐいならまし 法然上人() (あき) ()める (こずえ)
阿彌陀仏(あみだぶ)に (たす)(たま)えと すがるより ほかに(たよ)りの なき()なりけり
あみだ()の み()(とな)えれば あみだ()の こころとなるを ふと()づきたり (念仏(ねんぶつ)
(あめ)あられ (ゆき)(こおり)と へだつれど とくれば(おな)じ 谷川(たにがわ)(みず)
(あめ)たれに くぼみし(のき)の (いし)()ても かたきわざとて おもいすてめや ()(しょう) ()()
あめつちの 神と君との めぐみにて よをやすくふる 徳に報いや
天生(あもう)の (あし)こそよこに 月夜(つきよ)(かに) (こころ)(きよ)き (みず)にこそすめ
あやにしき とり重ねても 思ふかな 寒さおほはむ 袖もなき身を
(あゆ)み (おこた)らず ()かば千里(ちさと)()ても()ん (うし)(あゆ)みのよし おそくとも 無間(むけん)(しゅ) ()(しゅ)
(あゆ)みすら あたわぬ()なけど ()()(たび) まもらせたまえ 南無阿彌陀佛()
荒磯(あらいそ)の (いわ)にくだけて ()(つき)を (ひと)つになして かへる(なみ)かな
アラがある ゆえ好きなは お前何せ お前はおらが国
あら(とうと)と 青葉(あおば)若葉(わかば)に ()(ひかり)   清浄光(しょうじょうこう)     松尾(まつお)芭蕉(ばしょう) 
荒巻(あらまき)くめ  (あつ)()も (さむ)きその()も (ゆき)()も 五劫思唯(ごこうしゆい)の ことを(おも)えば    荒巻(あらまき)くめ   五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)い  (さむ)い  (ゆき)
あらやしき【阿頼耶識】
(梵Dlaya-vijDnaの訳。蔵識、真識、阿梨耶識、無没識などと訳す)仏語。唯識宗で説く八識の一つ。宇宙の万有を保って失わず、万有が展開する際の基体であり、万有を収蔵している心の主体。
あら玉の 年もくれなば つくりつる 罪ものこらず なりやしぬらん
ありがたし つめ()った(ゆび)が 十本(10ぽん)ある」   尾崎放哉(おざき ほうさい)は、明治18年生まれの自由律俳句作家です。東大を卒業したエリートでしたが、社会生活になじめず酒で失敗をくりかえし、 信仰の道を求めてさすらいました。大正のはじめに荻原井泉水により創刊された自由律俳句誌『層雲』に参加して見いだされ、俳人として開花しました。大正15年、放浪の果てに住まいした小豆島南郷庵(みなんごあん)で42歳で没する。
()りがたや かかるめでたき ()()でて たのしみ()らす (ひと)(いつ)とく
ありなしと なに名を換て 思ふらん 見れば一つの このみなりけり
あわれなり ()()のはてや 浅緑(あさみどり) ついには野辺(のべ)の (つゆ)(おも)えば
行華(あんげ)  昔、ある青年が菩提心を起こして、是非とも仏になりたい。そのためには当時の仏様にお花を供養しなければならない、弟子入りの作法として。そこで、お花を捜すんですが、どこの花屋にも花がないんです。ないはずです。その国の王様が、仏様にお花を供養したら功徳が大きいということを聞いて、国中の花を独占して買い占めていた。だから、どこの花屋にも花がない。はなはだ困った……。そこへ、一人の娘さんが花を持ってきます。「その花を私に分けてください」「分けられません」「どうして」「これは王様に予約済みです。今から持っていって、頂くお金が私の貧しい家の足しになるんです」「いや、私はどんな犠牲を払ってもその花がほしい」「あなた、どうしてそんな無茶なことおっしゃるんですか」「私は今、菩提心を起こし、是非とも仏になりたい。成仏をしたい。だから、仏様にお花を供養したい。出来たら、あなたも私と一緒にお花を供えてくれませんか」その青年の意気に感じた娘さんが、赤い花を青年に渡し、自分は白い花を持って、ふたり揃って仏様にお花を供養した。二人の若者の捧げた花は、永遠にしぼまなかったが、王様の独占したお花は一晩にしてしぼんだ。それがご縁となって、ふたりは結ばれて結婚をします。それが、その世だけの契りではなくして、その次の世もその次の世も、二人は結ばれて夫婦になる。そうして先程申したように、力を合わせ心をひとつにして成仏めざして修養した。最後に青年が、インドの国シッダルタ太子として現れて、最後に釈迦牟尼仏という成仏の位に到達した。そうして、娘がヤソダラ姫となって青年と結婚し、釈迦牟尼仏によって救われて成仏します。そうやって仏教の結婚は、夫婦が成仏めざして互いに助け合い、補い合いながら修養していこうじゃないか、これが仏教の結婚観でございます。と共に、夫婦がひとつになるということは、容易ならぬ過去からの(えん)があったわけでございますね。「生まれる前から結ばれていたそんな気がする紅の糸」、これ『命くれない』……。そういうわけで、どうぞひとつ、結婚ということは単なる子孫保存だけが目的じゃなく、修養のためだ、成仏のための結婚であるということを忘れないでいただきたいのでございます。
安心(あんじん)  (あん)とは安置(あんち)なり、(しん)とは(しん)(ねん)なり。(ねん)所求(しょぐ)所帰(しょき)去行(こぎょう)(3)つに()くを安心(あんじん)という。 聖冏(しょうげい)観経(かんぎょう)(でん)(つう)() 5) 安置(あんち) 所求(しょぐ) 所帰(しょき) 去行(こぎょう) 安心(あんじん)
安心(あんじん)  (そう)安心(あんじん) 厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)    (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
安心(あんじん)  来迎(らいこう)往生(おうじょう)増上縁(ぞうじょうえん)、 三心(さんじん)往生(おうじょう)安心(あんじん)  往生(おうじょう) 増上縁(ぞうじょうえん) 三心(さんじん) 安心(あんじん)(勅修御伝随聞記19)
安心(あんじん)  来迎(らいこう)蓮台(れんだい)(ふね)来迎(らいこう)(ひかり)智慧(ちえ) (勅修御伝随聞記24) 蓮台(れんだい) (ふね) 智慧(ちえ) (ひかり)  安心(あんじん)
安心(あんじん)()(もく))・起行(きぎょう)(ぎょう)(そく)) 起行(きぎょう) 二重(にじゅう) 修行(しゅぎょう)
安心(あんじん)とは安置(あんち)
安心(あんじん)は ()ることかたく ()しやすく ()ること(やす)く ()しがたきかな   無能(むのう) 安心(あんじん) 
安心(あんじん)は ()ることかたく ()しやすく ()ること(やす)く ()しがたきかな   無能(むのう) 安心(あんじん) 
(あん)とは安置(あんち)なり、(しん)とは(しん)(ねん)なり。(ねん)所求(しょぐ)所帰(しょき)去行(こぎょう)(3)つに()くを安心(あんじん)という。 聖冏(しょうげい)観経(かんぎょう)(でん)(つう)() 4) 安置(あんち) 所求(しょぐ) 所帰(しょき) 去行(こぎょう) 安心(あんじん)
(あん)(にん)  強忍と自分の力でしいて忍ぶのではなく、はじめはなかなか忍び難かったことも、大ミオヤさまのみ力によって安んじて忍ばれるようになる。人生は修養の道場と自覚されてくれば、ののしられ、そしられても、皆大ミオヤさまが私の鋼鉄を鍛錬して菩薩の名刀となさしめんがためのご方便と安忍されてくる。菩薩に常の師はない、自分の欠点を指摘し非難を加え、自分の短所をよく見出してそしる人こそ、私を矯正し指導したまう恩師なりと合掌されてくる。
安楽(あんらく)淨土(じょうど)菩薩(ぼさつ)慈悲(じひ)(しょう)(かん)より(しょう)じ、如来(にょらい)神力(じんりき)本願(ほんがん)(しょ)(けん)なり
いいなぁ 世界(せかい)虚空(こくう)がみな(ほとけ) わしもその(なか) 南無阿彌陀佛()  浅原(あさはら)才一(さいち) 鈴木(すずき)大拙(だいせつ)(しゅう)
伊賀(いが)  黒田(くろだ)上人() 伊賀(いが)黒田(くろだ)上人() (しゅん)(じょう)(ぼう)重源(ちょうげん)  東大寺(とうだいじ) 大仏(だいぶつ)再建(さいこん) ()(ごう)始祖(しそ)
いかにして (まこと)(みち)に (かな)いなん 千歳(せんさい)のうちの 一日(いちにち)なりとも 良寛(りょうかん) 理想(りそう)
いかにして (わが)極楽(ごくらく)に ()まれなん 弥陀(みだ)(ちか)いの なき()なりせば
いかにして(ほとけ)(みち)にかないなん 千才(せんさい)のうちの一日(いちにち)なりとも  菩提(ぼだい)(たね)
(いか)り にわかに(いか)りをなすことなかれ、(いま)(もち)いずとも たまたま(もち)いることあり。譬喩(ひゆ) 瓢箪(ひょうたん)のはなし。骨董(こっとう)()きな王様(おおさま)新婚(しんこん)家来(けらい) 新婚(しんこん)(つま)(もと)(よる)(おとこ)がいる。((いか)り)瓢箪(ひょうたん)のなかの言葉(ことば)(おも)()しよく(たし)かめてみると(ちち)だった。(ころ)さなくてすんだ 忍辱(にんにく) (いか)り 煩悩(ぼんのう) 
()きてよし ()してまたよし 極楽(ごくらく)の 弥陀(みだ)のみ(もと)に ()まる(うれ)しさ    生死(しょうじ) 阿弥陀(あみだ) 往生(おうじょう) 極楽(ごくらく) ()
()(わか)れ 形見(かたみ)とて はかなき(おや)の (とど)めてし この(わか)れさえ またいかにせん 法然上人() (はた)(うじ) (はは) (わか)れ ()(わか)れ 形見(かたみ) (おや)
いくたびか 思ひさだめて 変るらん 頼むまじきは 我が心なり
いくよ流転(るてん)(なみ)まくら ゆられゆられていつまでか うきさすらいの旅の空 ふるさと恋し親恋し 招くお慈悲にさそわれて かど門の戸たゝく南無の声 答はきけどまだあえぬ あえぬみ親ぞなお恋し 声に心がのせられて かよう十万億の園 凝らす心にうつり香の 身も世もあらぬかんばしさ 微妙荘厳無辺際 ひれ伏し拝む尊さに 不思議心の新天地 澄みし流れの路かわる
畏敬(いけい)(ねん)  念仏(ねんぶつ)(しゃ)(しん)本尊(ほんぞん)六十(60)(まん) 12(まん)(おく)(おく)(ぎょう)(どう)   阿彌陀(あみだ)さまを(いただ)く、畏敬(いけい)
(いけ)(みず) (ひと)(こころ)に ()たりけり (にご)りすむ(こと) さだめなければ
(いけ)(みず) (ひと)(こころ)に ()たりけり (にご)りすむ(こと) さだめなければ 法然上人() (つみ) (けが)れ 清浄(しょうじょう) (こころ) (にご)
いけらば 念仏(ねんぶつ)(こう)をつもり ()なば浄土(じょうど)にまいりなん とてもかくても この()には(おも)(わずら)う (こと)ぞなき 法然上人() 生死(しょうじ) 称名(しょうみょう)
()ける天地(てんち)合掌(がっしょう)し (おもい)をはこぶ(しん)霊界(れいかい) (たん)(ごん)微妙(みみょう)なつかしき 大悲(だいひ)のミオヤ()そなわす
(いし) 持戒(じかい)念仏(ねんぶつ)往生(おうじょう)() ()(なか)は (さい)河原(かわら)の (いし)なれや ()んではくずし くずしては()む  ()(なか) (さい)河原(かわら) (いし) ()
意思(いし) (われ)(ほっ)する(ところ)(ぜん)(おこな)うわたわず (ほっ)せざる(ところ)(あく)(おこな)う あぁ(なや)める(われ)なるかな。(パウロ)十夜(じゅうや) (ぜん) (あく) (よく) () 意思(いし)
意識(いしき)なき (はな)(いろ)()も いもとせの むつみてう()の ひみつならずや
衣食住(いしょくじゅう)(3)は、念仏(ねんぶつ)(じょ)(ごう)なり。これすなわち自身(じしん)安穏(あんのん)にして念仏(ねんぶつ)往生(おうじょう)をとげんがためには、何事(なにごと)(みな)念仏(ねんぶつ)(じょ)(ごう)なり   (法然上人()
衣食(いしょく)()りて 礼節(れいせつ)()
(いそ)がねば ()がくるる あせると(あし)()につかぬ  弁栄(べんねい)上人()
いそぎ行く 足に踏まるる 珠の露 こぼれて匂ふ 言の葉ごとに
一隅(いちぐう)()らすものは(くに)(たから)なり  (伝教(でんぎょう) 大師(だいし)
一年(いちねん)(けい)元旦(がんたん)にあり、一日(いちにち)(けい)(あさ)にあり
一年(いちねん)三百六十五 にちにち春風ふく家に なろうなそうの 掌を合わす 人の長所に 目をつけて
(いち)(びゃく) (さん)羯磨(こんま)(ほとけ)(たね)()(かた)  これが仏性心田への仏の種を蒔く蒔き方でございます。「(いち)(びゃく)」と申しますのは、明日、私、戒和尚が「今から授戒をいたします」と音三一一口をする。それを「一自」と申します。次の「(さん)羯磨(こんま)」というのは、三遍問答を繰り返す、ということでございます。三遍問答を繰り返す。それを「三掲磨」と申すのでございます。
(いち)より(2)にでて、 (2)(ふく)んだ(いち)()て  (山崎(やまさき) 弁栄(べんねい) 上人()
一輪(いちりん)の その一輪(いちりん)の (うつく)しさ    尊厳(そんげん) 人権(じんけん) 千利休(せんのりきゅう) 全体(ぜんたい)一点(いってん) 
(いち)(れん)(たく)(しょう)  (つゆ)()は ここかしこにて きえぬとも こころはおなじ (はな)のうてなぞ(一蓮托生(いちれんたくしょう)
一休(いっきゅう)禅師(ぜんじ)  (やみ)(よる)に ()かぬ(からす)の (しょう)きけば ()まれぬ(さき)の (ちち)(こい)しき  (父子(ふし)相好(そうこう)) 一休(いっきゅう)和尚(かしょう)
(いっ)()一代(いちだい)(ぜん)()(りょく)なり(甘酒(あまざけ)とおしっこ 参照(さんしょう)
一切(いっさい)衆生(しゅじょう) (しつ)()仏性(ぶっしょう) (涅槃経(ねはんきょう)
一心(いっしん)(せん)(ねん) 弥陀(みだ)名号(みょうごう)  行住(ぎょうじゅう) 坐臥(ざが) 不問(ふもん)時節(じせつ)()(ごん) 念念(ねんねん)不捨(ふしゃ)(しゃ) ()(みょう)(しょう) (じょう) ()(ごう) (じゅん) ()(ぶつ)(がん)()
一心(いっしん)()(らん)  本願(ほんがん)三心(さんじん)一心(いっしん)()(らん)=「観経(かんぎょう)」 至心(ししん)信楽(しんぎょう)(よく)(しょう)()(こく)
一水(いっすい)四見(しけん)  ここに一つの水がある。この水を眺める者の立場によって、その水の眺め方がちがってくる。魚は水を自分の棲み家と見るのであるが、餓鬼は水が火に見えるのである。人間は水を飲み物と見るが、天人は瑠璃と見るのである。眺める者のちがいによって、眺め方がちがうことを仏教では一水四見という。   手を叩く鹿は寄り来る鳥は飛ぶ下女は茶をくむ猿沢の池  ((もの)見方(みかた)()()(かた)
一点(いってん)   一輪(いちりん)の その一輪(いちりん)の (うつく)しさ    尊厳(そんげん) 人権(じんけん) 千利休(せんのりきゅう) 全体(ぜんたい)一点(いってん) 
いつみても (ひま)そうなのは ヘソばかり (藤堂(とうどう) (しゅん) (しょう) (だい)()
いつもても (ひま)そうなのは ヘソばかり
いつもニコニコ(あか)るい笑顔(えがお) いつもハキハキやさしい言葉(ことば) いつもイソイソ(はたら)手足(てあし)
いつもより (おく)れて()けば ()きながら ()(にぎ)(つま)よ (わらべ)(ごと)し(看病(かんびょう)()って、(やまい)(つま)()いていた。)
(いね)   (やま)青々(あおあお)()はうらら ()には漫々(まんまん)慈悲(じひ)(みず) (あき)はみのらん無量寿を 歌え南無阿弥田植え歌 青い稲葉はその中に 白いお米のみのるため 死ぬる身体はその中に 死なぬ命のそだつため (田中木叉 心田植歌)
(いのち)  (とき)(いま) ところ足元(あしもと) そのことに うちこむ(いのち)  永久(とわ)のみいのち  椎尾(しいお)(べん)(きょう) (いま) 人権(じんけん) (いのち) 精進(しょうじん)
言ふべきを 言はざるも又 言はざるを 言ふも道に はかなはざる也(いふべきを げんはざるもまた げんはざるを げんふもみちに はかなはざるなり)
(いま)   (とき)(いま) ところ足元(あしもと) そのことに うちこむ(いのち)  永久(とわ)のみいのち  椎尾(しいお)(べん)(きょう) (いま) 人権(じんけん) (いのち) 精進(しょうじん)
いまします (ほとけ)姿(すがた) よく()れば みな(くる)しみに ()えしみ姿(すがた)  () (だい)(しゅう) (だい)()
(いま)までは (ひと)のことかと (おも)うたが おのれが()ぬとは こいつはたまらん  (()
(いわ)清水(しみず) 谷川(たにがわ)の ()()(した)の おぼれ(みず) (なが)るるもゆく (したた)るもゆく (つぶつぶもゆく ざらざらもゆく) 示現(じげん) (いわ)清水(しみず)八幡(はちまん) (はやし) 227
(いわ)清水(しみず)八幡(はちまん) 念珠(ねんじゅ)のとり(かた) 1、(しん)(しゅ)一称(いっしょう)(いち)() 粒粒(つぶつぶ)念佛(ねんぶつ) 2、(はや)くりーざら念佛(ねんぶつ)  谷川の 木の葉の下の おぼれ水 つぶつぶもゆく ざらざらもゆく
(いわ)もあり ()()もあれど サラサラと ただサラサラと (みず)(なが)るる
引接(いんじょう)結縁(いんじょうけちえん)の楽        一には聖聚来迎(しょうじゅらいこう)の楽、二には蓮華初開(れんげしょかい)の楽、三には身相神通(しんそうじんずう)の楽、四には五妙境涯(ごみょうきょうがい)の楽、五には快楽無退(けらくむたい)の楽、六には引接結縁(いんじょうけちえん)の楽、七には聖聚倶会(しょうじゅくえ)の楽、八には見佛聞法(けんぶつもんぼう)の楽、九には隨心供仏(ずいしんくぶつ)の楽、十には増進仏道(ぞうしんぶつどう)の楽なり。(往生要集 卷上の第6)
有為(うい)をいとい 無為(むい)にいるは、真実(しんじつ)の 報恩(ほうおん)なりといへり
()きことの なほこの(うえ)に つもりかし (かぎ)りある()の (ちから)ためさむ
()きことの (ほん)こそ()われ ()(なか)に ものは(おも)はで ()(ひと)はなし  (()
(うぐいす)の (こえ)もききつる あしたより (はる)(こころ)に なりにけるかな 良寛(りょうかん)
(うし) (おこた)らず ()かば千里(ちさと)()ても()ん (うし)(あゆ)みのよし おそくとも 無間(むけん)(しゅ) ()(しゅ)
()()()(しゅう)  法蔵(ほうぞう)菩薩(ぼさつ)()(こう)思唯(しゆい)阿弥陀(あみだ)(さま)(ほう)(しん)阿弥陀(あみだ)(さま)である。(()()()(しゅう)) (()()()(しゅう)()()()(しゅう)現象学(げんしょうがく)による。)
()()()(しゅう)  法蔵(ほうぞう)菩薩(ぼさつ)()(こう)思唯(しゆい)阿弥陀(あみだ)(さま)(ほう)(しん)阿弥陀(あみだ)(さま)である。(()()()(しゅう)) (()()()(しゅう)()()()(しゅう)現象学(げんしょうがく)による。)
(うそ)()いて(よろこ)んで、本当(ほんとう)()いて(はら)()てた。  世間(せけん) 愚者(ぐしゃ) (おろ)か 真実(しんじつ)
(うそ)つきや 人事(じんじ)(とつ)し さし出口(でぐち) 高慢(こうまん)ありて 自慢(じまん)する(ひと)
(うつく)しき 葉巻(はまき)煙草(たばこ)の (いろ)()も (いき)ひきとれば (はい)とこそなれ (藤堂 俊 章 台下)
()(ひと)も ()たるる(ひと)も もろともに ただひとときの (ゆめ)のたわむれ
うづみ火の あたりのどかに 兄弟の まどゐせし夜ぞ 恋しかりけり
(うつわ)には (ずい)ひながら (いわ)をもとほすは (みず)(ちから)なりけり
憂田(うでん)  ()きことの (ほん)こそ()われ ()(なか)に ものは(おも)はで ()(ひと)はなし  (()有田(うでん)憂田(うでん)
有田(うでん)憂田(うでん) 有宅(うたく)有宅(うたく)   無量寿経(むりょうじゅきょう)  () 求不得苦(ぐふとっく)
()まれ、()まれ、()まれ、()まれて、()(はじ)めに(くら)く、()に、()に、()に、()んで、()(おわ)りに(みょう)し。空華(そらげ)()(くらむ)かし、(かめ)()(じょう)(まよ)わして(じつ)(われ)(びゅう) (あらわ)し、(すい)(こころ)(ふう)(もり)(かたくなに執着(しゅうちゃく))す。」(『秘蔵(ひぞう)(たから)()冒頭(ぼうとう)(ぶん)
()まれては まづ(おも)いでん ふるさとに (ちぎ)りし(とも)の (ふか)きまことを
()まれては まづ(おも)いでん ふるさとに (ちぎ)りし(とも)の (ふか)きまことを 法然上人() 故郷(ふるさと) (とも) 往生(おうじょう) 
(うやま)いて ただ()ばかり 日日(にちにち)に (いのち)のかぎり  (つと)むるが()(しゅ)  ()(しゅ)
()()涅槃(ねはん) ()()涅槃(ねはん)
盂蘭盆(うらぼん) (ぼん)はな (ぼん)はうれしや (わか)れた(ひと)が はれてこの()に ()いにくる
うらを()  おもてを()せて  ()るもみじ   (良寛(りょうかん)
(うり)()めば 子等(こなど)おもほゆ (くり)()めばまして しのはゆいづくより()たりしものぞまなかひにもとな(かか)りて安眠(あんみん)()さぬ
(うれ)しいから笑うのでなく、笑うから嬉しくなる。悲しいから泣くのでなく、泣くから悲しくなる。
()(かい)禅師(ぜんじ)  (はる)(ひゃか)花あり、(あき)(つき)あり、(なつ)涼風(りょうふう)あり、(ふゆ)(ゆき)あり  四季(しき)季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)
慧可(えか)禅師(ぜんじ)(ひじ)()る。二祖の慧可大師が嵩山に達磨大師尋ねた時、慧可は大師に入門を請うもなかなか許しが得られず、「許しが戴けるまでここを動かじ。」と堂の前に座り込むと、折から雪の季節と見えて雪は慧可の膝を没し、腹を没し、胸にまで達すると、さしもの慧可も「達磨さん、何とか弟子にして下さい。このままだと死んでしまいます」と言う。「死ぬとはどうなるのか」「死ぬとは命がなくなるのです」「ならば、その命をここに持って来い」ここで万策尽きた慧可が剣を抜いて片肘をたたき落とす。血は吹き出しても命の出て来ようはずはありません。その様を見て達磨は「命は見つかったか」と言う。慧可は「見つかりません」と答えながら打ち落とした片肘を達磨の前に差し出したという。  ((せい)(かい)  惠可禅師は臂を剪って伝法の表し の文言(もんごん)説明(せつめい)
回向(えこう)  先立(さきだ)ちし (ひと)よかれとの追善(ついぜん)は ()()よかれの (いの)りなりけり  回向(えこう) 追善(ついぜん)
回向(えこう)発願(ほつがん)(しん) (そう)安心(あんじん) 厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)    (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
会者定離は、常の習い、今始めたるに非ず。何ぞ深く嘆かんや。宿縁虚しからずば、同一蓮に座せん、浄土の再会甚だ近きに有り。今の別れは暫くの悲しみ、春の夜の夢の如し。誹謗共に縁として、先に生まれて、後を導かん、引接縁は、これ浄土の楽しみなり。それ現生すら、猶もて疎からず、同名号を唱え、同一光明の中にありて、同聖衆の御念をこうぶる、同法尤も親し。愚かに疎しと思し召すべからず。南無阿弥陀仏と唱え給えば、住所は隔つと雖も、源空に親しいとす。源空も、南無阿弥陀仏と唱え、奉るが故なり。念仏を縡(こと)とせざる人は、肩を並(えしゃじょうり)べ、膝を組むと雖も、源空に疎かるべし。三業に皆異なるが故なり。黒谷源空上人伝 『十六門記』13
(えん) (てら)じゃてるてる (みち)では(くも)る うちに(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(えん) (てら)()()る (かえ)りは(くも)る (いえ)(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(えん) 柳生(やぎゅう)()家訓(かくん) 「(しょう)(さい)(えん)出会(であ)って(えん)()づかず  (ちゅう)(さい)(えん)()づいて(えん)()かさず (だい)(さい)(そで)すり()った(えん)をも()かす」(えん)怨憎会苦(おんぞうえく) 不可思議(ふかしぎ) 「(そで)すりあうも他生(たしょう)(えん)
閻魔(えんま)  念仏(ねんぶつ)閻魔(えんま)(かがみ)  閻魔(えんま) (かがみ)  わが心 鏡にうつる ものならば さぞや姿の 醜かるらん (心の気持ちの表れ、気表⇒けほ⇒かほ⇒顔)
厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)  (そう)安心(あんじん)  (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
()い   ()れはてて しかも花咲(はなさ)く (うめ)()(こえ)もたてず (うぐいす)のなく
()い  (しん) (ねん) (いち) (ひゃく) (さい)、 (ちょう) (しゅう) 八十(はちじゅう) () (100(さい)老親(ろうしん)が81(さい)()心配(しんぱい)していることで、老婆(ろうば)親切(しんせつ)である。その(うえ)往生(おうじょう)(ねが)い、念仏者(ねんぶつしゃ)になった)
おいあくま (おこ)るな、威張(いば)るな、(あせ)るな、(くさ)るな、()けるな
往生(おうじょう)   来迎(らいこう)往生(おうじょう)増上縁(ぞうじょうえん)、 三心(さんじん)往生(おうじょう)安心(あんじん)  往生(おうじょう) 増上縁(ぞうじょうえん) 三心(さんじん) 安心(あんじん)(勅修御伝随聞記19)
往生(おうじょう)  ()きてよし ()してまたよし 極楽(ごくらく)の 弥陀(みだ)のみ(もと)に ()まる(うれ)しさ    生死(しょうじ) 阿弥陀(あみだ) 往生(おうじょう) 極楽(ごくらく) ()
往生(おうじょう)  ()まれては まづ(おも)いでん ふるさとに (ちぎ)りし(とも)の (ふか)きまことを 法然上人() 故郷(ふるさと) (とも) 往生(おうじょう) 
往生(おうじょう) 極楽(ごくらく)へ つとめて(はや)く いで()たば ()のをわりには (まい)りつきなん 法然上人() 往生(おうじょう) 
往生(おうじょう) (たの)みなば ただひしひしと (たの)むべし ()(かしこ)きは (みち)(とお)きぞ 愚鈍(ぐどん) 念仏(ねんぶつ) 往生(おうじょう)()
往生(おうじょう) ちとせふる 小松(こまつ)のもとを すみかにて 無量寿(むりょうじゅ)(ぶつ)の (むか)えをぞまつ 法然上人() 来迎(らいこう) 正念(しょうねん) 往生(おうじょう)
往生(おうじょう) (つゆ)()は 此処彼処(ここかしこ)にて ()えぬとも (こころ)(おな)じ (なは)(だい)ぞ 法然上人() 流罪(るざい) (つゆ) (はな) 淨土(じょうど) 往生(おうじょう) 倶会一処(くえいっしょ)
往生(おうじょう)(かれ)()往生(おうじょう)理想的(りそうてき)浄土(じょうど)有余(ゆうよ)涅槃(ねはん)精神更生(せいしんこうせい)不体失(ふたいしつ)往生(おうじょう)
往生(おうじょう)此土(しど)往生(おうじょう)理想的(りそうてき)浄土(じょうど)有余(ゆうよ)涅槃(ねはん)精神更生(せいしんこうせい)不体失(ふたいしつ)往生(おうじょう)
往生(おうじょう)此土(しど)往生(おうじょう)理想的(りそうてき)浄土(じょうど)有余(ゆうよ)涅槃(ねはん)精神更生(せいしんこうせい)不体失(ふたいしつ)往生(おうじょう)
往生(おうじょう)すること@と往生がやって来るA。雪下(ゆきした)に (はる)(こえ)あり コトコトと ()えぬ小川(おがわ)の (なが)(おと)()く (北海道(ほっかいどう)釧路(くしろ)現象学(げんしょうがく) 地下(ちか)(はる)がやって()る。(はる)がやって()た。(往生(おうじょう)することと往生(おうじょう)がやって()る。
往生(おうじょう)するは 無心(むしん)世界(せかい)に (いっ)たん()()むことだ。
往生(おうじょう)は よにやすけれど (みな)(ひと)の (まこと)(こころ) なくてこそせね  (至誠心(しじょうしん)(まこと)(こころ)
往生(おうじょう)は よにやすけれど (みな)(ひと)の (まこと)(こころ) なくてこそせね 法然上人() 至誠心(しじょうしん) 三心(さんじん) (まこと)
往生要集(おうじょうようしゅう)(べっ)(そう)(かん)(そう)(そう)(かん)(ぞう)(りゃく)(かん)()かれている。(べっ)(そう)(かん)とはまず阿彌陀(あみだ)(ぶつ)()(たま)える()()觀念(かんねん)し、(つぎ)にその華座(けざ)(うえ)()(たま)える相好(そうごう)(へい) (ねん)如来(にょらい)を、頂上(ちょうじょう)  肉髻(にっけい)より(はじ)(そく)()千腹輪相(せんぷくりんそう)(いた)るまでいちいちに(おも)いを()らして(かん)ずるを順観(じゅんけい)といい、これに(はん)して千腹輪相(せんぷくりんそう)より頂上(ちょうじょう)肉髻(にっけい)(そう)までを(かん)ずるを逆観(ぎゃっかん)という。このように順逆(じゅんぎゃく)十六(16)(へん)反復(はんぷく)して心相(しんそう)(きわ)めて(めい)(りょう)ならしむるを(べっ)(そう)(かん)という。(そう)(そう)(かん)とは、これは(はじ)めは華座(けざ)(かん)をなし、(つぎ)佛眼(ぶつげん)四大(4だい)海水(かいすい)(ごと)し、身長(しんちょう)六十(60)(まん)(おく)(ごう)()(しゃ)()(じゅん)と、いちいちの相好(そうごう)でなくみ(ほとけ)御身(おんみ)総体(そうたい)について心相(しんそう)()らすのである。(つぎ)(ぞう)(りゃく)(かん)とは白毫相(びゃくごうそう)とか光明(こうみょう)(そう)とかを(かん)じて、自分(じぶん)極楽(ごくらく)往生(おうじょう)して極楽(ごくらく)荘厳(しょうごん)思想(しそう)(じゅう)するのが(ぞう)(りゃく)(かん)である。これらの念仏(ねんぶつ)にあらずして、ただ(こころ)をいたして(もっぱ)阿彌陀(あみだ)(ぶつ)のみ()称念(しょうねん)するのであるから、称我(しょうが)名号(みょうごう)というのである。この(ねん)(しょう)()(いつ)(しゃく)から称名(しょうみょう)念仏(ねんぶつ)(うつ)(ぜん)としておこるのです。()()(ぶつ)(がん)(みょう)(しゃく)(あお)ぐのです。
大江山(おおえやま) いく()(みち)の (とお)ければ まだふみも()ず 天橋立(あまのはしだて)
大空(おおぞら)に (そび)えて見ゆる 高嶺にも 登れば登る 道はありけり
大空(おおぞら)を (てる)()(つき)し (きよ)ければ くもかくせども (ひか)()なくに
(おお)ミオヤの 慈悲(じひ)のみむねを ()れかしと (おし)えてかえる()は 知識(ちしき)なり
大水(おおみず)の さきに(ながれ)るる (とち)(から)も ()()ててこそ (うき)かぶせもあれ
おかあさん おかあさん  おかあさんたら おかあさんなんにも ごようはないけれど なんだかよびたい おかあさん  (しん)(えん)
(おが)む 恭敬(くぎょう)(じゅ)
()きて()つ ねて()蚊帳(かや)の (ひろ)さかな
(おき)(とお)くも れ()づる(がつ)の さやけさに ろかいもとらじ (なみ)のまにまに
(おき)(とお)し ()るも波立(なみだ)つ 我心(がごころ) しばしな()きそ (あき)(やま)(かぜ)
憶念(おくねん)や 觀念(かんねん)()()に あらずして 称我(しょうが)名号(みょうごう) これぞ念仏(ねんぶつ)
奥山(おくやま)に むすばずとも (しば)(いおり) (こころ)がらにて ()をいとふべし
奥山(おくやま)の おどろが(した)も ()()けて (みち)ある()ぞと (じん)()らせん
(おこた)らず ()かば千里(ちさと)()ても()ん (うし)(あゆ)みのよし おそくとも 無間(むけん)(しゅ) ()(しゅ)
釈迦(しゃか)(さま)(じゅう)大弟子(だいでし) @智慧(ちえ)第一(だいいち)(ちえ) 舎利(しゃり)(ほつ) A説法(せっぽう)第一(だいいち)(ときかた) ()()() B神通(じんずう)第一(だいいち)(はたらき) (もく)(けん)(れん) C論義(ろんぎ)第一(だいいち)(はなしかた) ()(せん)(ねん)  D頭陀(ずだ)第一(だいいち)(はげみ) 摩訶(まか)迦葉(かしょう) E持律(じりつ)第一(だいいち)(たもちかた) 優波離(うばり)  F(てん)(げん)第一(だいいち)(みとおし)  阿那律(あなりつ)  G(みつ)(ぎょう)第一(だいいち)(おさめ) 羅睺羅(らごら) H()(くう)第一(だいいち)(しりかた) 須菩提(しゅぼだい) I多聞(たもん)第一(だいいち)(ききかた)阿難(あなん)()
汚染(おせん) (じん)(きょう)  心情(しんじょう)汚染(おせん)するから(じん)(きょう)  ()(じん)
汚染(おせん) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
(おそ)るべし カッと怒りの 胸の火が 我と我が身を 焼き尽くすなり 嗔恚(しんに)功徳(くどく)(はやし)()く 
(おそ)るべし 嗔恚(しんに)功徳(くどく)(はやし)()く 「(おそ)るべし カッと(いか)りの (むね)()が (われ)()()を ()()くすなり」腹立(はらだ)ち、(さん)(どく)煩悩(ぼんのう)
織田(おだ)· なかぬなら殺してしまへ時鳥      織田右府(織田信長)
· 鳴かずともなかして見せうほととぎす 豊太閤(豊臣秀吉)
· なかぬなら鳴くまで待とふほととぎす 大權現様(徳川家康)
· 鳴かぬなら鳴かなくてよいほととぎす -種田山頭火
(おだ)やかな ことば使(つか)えば おだやかな こころとなるに ふと()づきたり (称名(しょうみょう)
おっしこと甘酒(あまざけ) (()げれない()人生(じんせい)には、いくら()けようと(おも)っても()けることができない出来事(できごと)というものがあります。「(いま)良寛(りょうかん)」と()ばれてきた鎌倉(かまくら)建長寺(けんちょうじ)名僧(めいそう) 菅原(すがわら)()()老師(ろうし)小僧(こぞう)時分(じぶん)体験(たいけん)したのもでした。  ある(とき)、お檀家(だんか)七日(なぬか)代理(だいり)()きました。お(きょう)(とな)えていますと、来客(らいきゃく)があって(おく)さんが()ていきました。(わき)では(あか)(ぼう)がしゃもじを()って(あそ)んでいました。やがて、(あか)(ぼう)はおしっこをもらしそのしゃもじでおしっこをいじり(はじ)めました。そして、しゃもじをおひつの(なか)()れてしまったのです。 ()()さんは()めようにもお(きょう)途中(とちゅう)でどうにもなりません。(あし)()ばして()どもを(せい)しようとしているところへ(おく)さんが(もど)ってきました。「()()さん、ありがとう。御礼(おれい)にご(はん)用意(ようい)しましたのでたくさん()べてくださいね〜」 さっきの光景を()ていた()()さんはあわてて(はら)(おさ)えて、「今日(きょう)はおなかをこわしているので」と()って()げて(かえ)りました。また七日(なぬか)のお(まい)りに()きました。こんどは(あか)(ぼう)はぐっすり()ていましたのでホットしました。その()丁度(ちょうど)(さむ)()でしたので、甘酒(あまざけ)()してくれました。大好物(だいこうぶつ)だったので、時保(じほ)さんは何杯(なんばい)もお()わりをしました。そして、御礼(おれい)()って(かえ)ろうとした(とき)(おく)さんが「この甘酒(あまざけ)は、この(まえ)()()がらなかったご(はん)でつくったんですよ!」と一言(ひとこと)時保(じほ)さんは シマッタ!と(おも)いましたがあとの(まつ)りです。 「一口(いっく)一代(いちだい)(ぜん)()(りょく)なり」と(さと)った。()けては(とお)れない。
おなじ御親のはらからとひとついのちを分けあいてとわのたびじに手をつなぐきつても切れぬこのゑにし悪いが悪いところにも無理もない点きつとあるあいての身にもなってみて大きくいきるおもいやり一年三百六十五にちにち春風ふく家になろうなそうの掌を合わす人の長所に目をつけて
(おに)(じゃ)を かくまい()いて (なん)にする アミダ(ぶつ)ぶつ ()うて(おい)()せ  (地獄(じごく)対処(たいしょ)
おのおのが初蒔きつけの麦畑の穂の出悦ぶ子らもあるかな
おのが身を かへりみずして 人のため つくすや人の つとめなるらむ (俸氏(ほうし)
おぼつかな (だれ)かいいけん 小松(こまつ)とは (ゆき)をささふる 高松(たかまつ)(えだ)
おぼつかな (だれ)かいいけん 小松(こまつ)とは (ゆき)をささふる 高松(たかまつ)(えだ)  法然上人() (ふゆ) (ゆき) 高松(たかまつ)
面影(おもかげ)の (しず)かに()かぶ (さむ)さかな        (西(にし) 厚子(あつこ)
重荷(おもに)()く (くるま)(おと)ぞ きこえける (てる)()(あつ)さ ()えがたき()に (()
(おも)ふこと うちつけに いふ幼子(おさなご)の 言葉(ことば)はやがて (うた)にぞありける
(おも)ふこと (つくろ)ふことも まだ()らぬ をさな(こころ)の うつくしきかな  (()
(おや)   ()いしきと (おも)(こころ)は われならで (おや)(こころ)の かよい()るなり
(おや)   (こう)は 百行(ひゃくぎょう)(もと)
(おや)   里帰(さとがえ)り ()どものまえで ()にかえる  (おや)  ()
(おや)   父母(ちちはは)の (めぐ)みをあだに おもうなよ 弥陀(みだ)たのむ()を (そだ)(たま)えば (おや)(おん)
(おや)   ながながと お世話(せわ)になりし (きく)(はな)  (おん) (おや)
(おや)  形見(かたみ)とて はかなき(おや)の とどめてし この(わか)れさえ いかにせん 法然上人()15(さい)比叡山(ひえいざん) (はた)(うじ) (はは)親子(おやこ)
(おや)  (きょう)とは辞典(じてん) 1、()(おや)につかえる行為(こうい) 2、()祖先(そせん)につかえる行為(こうい) 4、(おや)大事(だいじ)にすること   (おや) (おん)
(おや)  (きょう)字形(じけい)()老人(ろうじん)()うている(かたち)文字(もじ)であります。 老人(ろうじん)とは()(おや)である。   (おや) (おん)
(おや)  ()(おも)(おや)(こころ)  (わたし)(おも)(ほとけ)(こころ)  親子(おやこ) (おや)() 阿弥陀(あみだ) (ほとけ)
(おや)  善知識(ぜんちしき)は これ(なんじ)父母(ぶも)なり。 (なんじ)らの菩提心(ぼだいこころ)養育(よういく)(たま)えばなり。  法句(ほっく)(きょう)  (おや) 菩提心(ぼだいしん)
(おや)  父母(ちちはは)が (あたま)かきなぜ (さち)あれと ()いし言葉(ことば)ぞ (わす)れかねつる (おや) (おん)
(おや)  (れん)(みん)(おん) (おや)はおのれ()して(のち)にも、()()(まも)ることを(ねが)
(おや) 形見(かたみ)とて はかなき(おや)の (とど)めてし この(わか)れさえ またいかにせん 法然上人() (はた)(うじ) (はは) (わか)れ ()(わか)れ 形見(かたみ) (おや)
(おや) (しん)(ねん) 壱百(いっぴゃく) (さい)  、 (ちょう) (しゅう) 八十(はちじゅう)  ()。  100(さい)老親(ろうしん)が80(さい)()っを心配(しんぱい)している。 老婆(ろうば)親切(しんせつ)
(おや) はえば()て ()てば(あゆ)めと (いそ)ぐなり わが()()もる (ろう)(わす)れて (おや)(おん)
(おや)(おも)う (おも)いも(おや)の (おも)わする (おも)いと()りて (おや)(おも)うかな  (親子(おやこ)
(おや)(おも)え (せい)(さき)より ()(あと)も ()のために()く (おや)(おも)えよ  (親子(おやこ)
親子(おやこ)  ()(おも)(おや)(こころ)  (わたし)(おも)(ほとけ)(こころ)  親子(おやこ) (おや)() 阿弥陀(あみだ) (ほとけ)
親子(おやこ)  (しん) (ねん) (いち) (ひゃく) (さい)、 (ちょう) (しゅう) 八十(はちじゅう) () (100(さい)老親(ろうしん)が81(さい)()心配(しんぱい)していることで、老婆(ろうば)親切(しんせつ)である。その(うえ)往生(おうじょう)(ねが)い、念仏者(ねんぶつしゃ)になった)
親子(おやこ)  はえば()て ()てば(あゆ)めの 親心(おやごころ) わが()()もる ()いを(わす)れて  (そだ)て (まも)り 親子(おやこ) (ろう) 四苦(しく)
親子(おやこ) おかあさん おかあさん  おかあさんたら おかあさんなんにも ごようはないけれど なんだかよびたい おかあさん
親子(おやこ)関係(かんけい)  恭敬(くぎょう)(じゅ)  (やすし)(からだ)(うやま)う。  (けい)(こころ)(うやま)う。 (こころ)(した)()し、身体(しんたい)(うやま)う。日常(にちじょう)他人(たにん)(たい)する。 (こころ)(うやま)身体(しんたい)では(けい)ない 親子(おやこ)関係(かんけい)。 (ふつ)(たい)しては(こころ)身体(しんたい)(うやま)う。(なに)もいわないから!
(おや)(おん) 1、わが()(ひと)となりし(おん) 2、念佛(ねんぶつ)(しゃ)にならせていただいた(おん)
(おや)()も (した)しみかはし (いえ)(うち)の (にぎ)へるこそ (ぎょう )しかりけれ
()()ても (こころ)ゆるすな (やま)ざくら さそふ(あらし)の ありもこそすれ ((まど)い)
オレガ (じょう)不浄(ふじょう) 元々(もともと)はないけれども自分(じぶん)(つく)っていく (こころ)(あか)でつくる。 ()(くるま) (つく)大工(だいく)は おらねども (おの)がつくりて (おの)()()く  自我(じが)オレガの(こころ)(つく)っていく。
(おろ)か (うそ)()いて(よろこ)んで、本当(ほんとう)()いて(はら)()てた。  世間(せけん) 愚者(ぐしゃ) (おろ)か 真実(しんじつ)
(おろ)か (ぬす)みせず (ひと)(ころ)さずを よきことに われ(つみ)なしと (おも)うおろかさ  (とく)(ほん)上人()
(おん)   ながながと お世話(せわ)になりし (きく)(はな)  (おん) (おや)
(おん)  (おや)(おん) 1、わが()(ひと)となりし(おん) 3、念佛(ねんぶつ)(しゃ)にならせていただいた(おん)
(おん)  (きょう)とは辞典(じてん) 1、()(おや)につかえる行為(こうい) 2、()祖先(そせん)につかえる行為(こうい) 5、(おや)大事(だいじ)にすること   (おや) (おん)
(おん)  (きょう)字形(じけい)()老人(ろうじん)()うている(かたち)文字(もじ)であります。 老人(ろうじん)とは()(おや)である。   (おや) (おん)
(おん)  父母(ちちはは)が (あたま)かきなぜ (さち)あれと ()いし言葉(ことば)ぞ (わす)れかねつる (おや) (おん)
(おん)  父母(ちちはは)の (めぐ)みをあだに おもうなよ 弥陀(みだ)たのむ()を (そだ)(たま)えば (おや)(おん)
(おん)  はえば()て ()てば(あゆ)めと (いそ)ぐなり わが()()もる (ろう)(わす)れて (おや)(おん)
怨親(おんしん) 平等(びょうどう)・・・(うら)みの(ひと)も、(した)しい(ひと)も、(みな)(おな)(よう)(せっ)する ((ほとけ)相好(そうごう)
怨憎会苦(おんぞうえく)  (あい)反対(はんたい)無関心(むかんしん)だ    マザーテレサ 人権(じんけん) 関心(かんしん)  怨憎会苦(おんぞうえく)関心(かんしん)がある
怨憎会苦(おんぞうえく) (にく)むとも (にく)(かえ)すな (にく)まれて (にく)(にく)まれ ()てしなければ (怨憎会苦(おんぞうえく)
怨憎会苦(おんぞうえく) 柳生(やぎゅう)()家訓(かくん) 「(しょう)(さい)(えん)出会(であ)って(えん)()づかず  (ちゅう)(さい)(えん)()づいて(えん)()かさず (だい)(さい)(そで)すり()った(えん)をも()かす」(えん)怨憎会苦(おんぞうえく) 不可思議(ふかしぎ) 「(そで)すりあうも他生(たしょう)(えん)
(かい)  (ぬす)みせず (ひと)(ころ)さずを よきことに われ(つみ)なしと (おも)うおろかさ  (とく)(ほん)上人()
戒定慧(かいじょうえ) (ばな)れし念仏(ねんぶつ) (たた)えなば 不思議(ふしぎ)や (あそ)三学(さんがく)(えん)
(かい)(じょう)(こう)   (ぜん)(ねん)()(ねん)念念(ねんねん)   「念念(ねんねん)(ぼん)(しょう)(かい)(じょう)(こう)」((こう)())(法事讃(ほうじさん)
戒体(かいたい)とは、妙色荘厳にして、十五夜の秋の月の如く、十方世界に周偏す。唯、仏と菩薩のみこれを見たまふ。声聞(しょうもん) (えん)(がく)は、徳、少なくしてこれを見ることあたわず。この戒法は(さん)羯磨(こんま)の後、一刹那(せつな)の剋に受者の身内に来入す。これを戒体(かいたい)と号す。信有れば来たる。信無ければ()たらず。
戒体(かいたい)()()(しか)() ()(そく)(しょう) ()()()(しき) (戒体(かいたい)()こさずんばやみなん ()こさば すなわち(しょう)なる()()()(しき)) (天台(てんだい) (ちぎ)
(かい)においては破戒(はかい)無慚(むざん)(じょう)においては散乱(さんらん)()(どう)()においては(どん)(こん)無智(むち)
(かえ)(たび)) (かえ)れる(たび)(たの)しいのである。(たび)のさびしさを(たの)しめるのも、わが(いえ)にいつか(もど)れるからであるこの(たび)は、自然(しぜん)(かえ)(たび)である。
科学(かがく)  かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
(かがみ)  念仏(ねんぶつ)閻魔(えんま)(かがみ)  閻魔(えんま) (かがみ)  わが心 鏡にうつる ものならば さぞや姿の 醜かるらん (心の気持ちの表れ、気表⇒けほ⇒かほ⇒顔)
(かがみ) (のち)()の (ひと)(かがみ)に のこしおく 南無阿彌陀佛() 知識(ちしき)をぞ()よ  (とく)(ほん)行者(ぎょうじゃ)  (かがみ)   無明(むみょう)(みょう)
(かがみ)にうつるわが姿(すがた) ツンと()かえば()こうもツンと (わら)うて()かえば(わら)うて(かえ)す にらみつくればにらんで(かえ)す ほんにこの()(かがみ)(かげ)よ ()くも(わら)うも(われ)次第(しだい)
(かがみ)()て かげはづかしく (おも)ふなら はやく(こころ)を あらためよ(じん)
かかる時さこそ生命の惜しからめかねて無き身と思ひ知らずば
(かき)   渋柿(しぶがき)の 甘柿(あまがき)となる ()(めぐ)み   (かき) 煩悩(ぼんのう)
(かき)とろと (あたま)(うえ)を ながめたら きれいなお(つき)さま (わら)っておる お月様(つきさま)仏様(ほとけさま))が()ているからやめよう(藤堂 俊 章 台下)
(かく) (さと)る 動詞(どうし)名詞(めいし)()()(かた)がある。 動詞(どうし)()()るならば、「目覚(めざ)め」「覚醒(かくせい)」「無辺(むへん)(さと)り」 (かく) ()づき
かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂
覚醒(かくせい)  (さと)る 動詞(どうし)名詞(めいし)()()(かた)がある。 動詞(どうし)()()るならば、「目覚(めざ)め」「覚醒(かくせい)」「無辺(むへん)(さと)り」 (かく) ()づき
I(かく)(りん)涅槃(ねはん)  (つた)()く (つる)(はやし)の 夜半(よわ)(こえ) (みな)()(おも)言葉(ことば)なりけり  (てい)(ごく) I(かく)(りん)涅槃(ねはん) 釈迦(しゃか)
家訓(かくん)  柳生(やぎゅう)()家訓(かくん) 「(しょう)(さい)(えん)出会(であ)って(えん)()づかず  (ちゅう)(さい)(えん)()づいて(えん)()かさず (だい)(さい)(そで)すり()った(えん)をも()かす」(えん)怨憎会苦(おんぞうえく) 不可思議(ふかしぎ) 「(そで)すりあうも他生(たしょう)(えん)
(かげ)(ひかり)によって(しょう)じる。真夜中、一暗闇ですと影がございません。朝、お天道さまが出ていらっしゃると、それにふさわしい影が出てきます。それと同じように、念仏を申さない間は、如来さまのお光明をいただかない間は、自分の罪悪の影に気付かないのであります。ですから、最初は、我々も煩悩の我であるということを信じて、お念仏申しているうちに、お光明がいただけてまいりますと、自分の罪悪に気付かせていただく、初め信じておったものがわかってくるのです。その自分の罪悪に気が付くから、阿弥陀さまにおすがりする気持ちが強くなって、真剣な念仏が出る。
(かしこ)いと(おろ)かは一如(いちにょ)である ( (ひかり)(かげ)(ぜん)(あく) 極楽(ごくらく)地獄(じごく) )  (聖徳(しょうとく) 太子(たいし)
()(しゃく)(しょ)(ぞう)(しょ)悪業(あくごう) (かい)()()()貪瞋痴(とんじんち) (じゅう)(しん)語意(ごい)()(しょ)(しょう) 一切(いっさい)()(こん)(かい)懺悔(さんげ)(われ(むかし)より(つく)れる(ところ)(しょ)悪業(あくごう)は、(みな)()()貪瞋痴(とんじんち)による。(しん)語意(ごい)より(しょう)ずる(ところ)なり。一切(いっさい)われ(いま)(みな)懺悔(さんげ)す。)
迦葉(かしょう)  拈華(ねんげ)()(わらい)  釈迦(しゃか)説法(せっぽう)せずに、金蓮(ごんはす)(ねん)じた。大衆(たいしゅう)はその意味(いみ)がわからずにいたが、迦葉(かしょう)だけが微笑(びしょう)したこと
かずならぬ我が身は花に吹く嵐すむ夜の月にかかる浮き雲
かぞふれば我身につもる年月をおくりむかふと何いそぐらん
形見(かたみ)とて  (なに)かのこさむ (はる)(はな) (やま)ほととぎす (あき)はもみぢ()
形見(かたみ)とて はかなき(おや)の とどめてし この(わか)れさえ いかにせん 法然上人()15(さい)比叡山(ひえいざん) (はた)(うじ) (はは)親子(おやこ)
形見(かたみ)とて はかなき(おや)の (とど)めてし この(わか)れさえ またいかにせん 法然上人() (はた)(うじ) (はは) (わか)れ ()(わか)れ 形見(かたみ) (おや)
かたみとて はななき(おや)の とどめてし この(わか)れさえ (また)いかにせん  法然上人() (はは)(うえ)
かたらじと 思ふこころも さやかなる 月にはゑこそ かくさざりけれ
かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
()(もの)(うら)みを(まね)かん ()(やぶ)れたる(もの)(くる)しみて()す されど勝敗(しょうはい)(ふた)つを()てて (こころ) 寂静(しずか)なる(ひと)は (おき)(ふし)(とも)(さいわ)いなり
門松(かどまつ)や 冥土(めいど)(たび)の 一里塚(いちりづか) めでたくもあり めでたくもなし
(かな)しい(うみ)(かな)しい(そら)今日(きょう)()(さお)()んだでいます。あなた(がた)(かな)しい()によって、あなた(がた)(かな)しい()(つう)じて、(わたし)たちは(いま)(ようや)くにして(ひと)つの(かんが)えを()つことができるようになりました。もう、自分(じぶん)一人(ひとり)幸福(こうふく)(もと)める時代(じだい)(おわ)った。()(ひと)幸福(こうふく)でなくて、どうして自分(じぶん)幸福(こうふく)になれるだろう。もう、自分(じぶん)(くに)だけの平和(へいわ)(もと)める時代(じだい)(おわ)った。()(くに)平和(へいわ)でなくて、どうして自分(じぶん)(くに)平和(へいわ)であり()よう」
かなしきかな、かなしきかな、いかがせんいかがせん。ここに我等(われら)(ごと)きは、すでに戒定慧(かいじょうえ)(さん)(がく)(うつわ)ものにあらず。この(さん)(がく)のほかに(わが)(こころ)相応(そうおう)する法門(ほうもん)ありや、()()()えたる修行(しゅぎょう)やあるやと、よろずの知者(ちしゃ)にもとめ、(もろもろ)智者(ちしゃ)にもとめ、(もろもろ)学者(がくしゃ)に、とぶらいしに、をしふるに(ひと)もなく、しめすに(ともがら)もなし。(しか)(あいだ)なげきなげき、経蔵(きょうぞう)()り、かなしみかなしみ、(しょう)(きょう)にむかひて、()づからみづから、ひらき()しに、善導(ぜんどう)和尚(かしょう)(かん)(ぎょう)(しょ)の、「一心(いっしん)(もっぱ)弥陀(みだ)名号(みょうごう)(ねん)じ、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)時節(じせつ)()(ごん)()わず念念(ねんねん)()てざる(もの) (これ)(しょう)(じょう)(ごう)()づく ()(ほとけ)(がん)(じゅん)づるが(ゆえ)に」という(もん)()()てのち、我等(われら)がごとくの、無智(むち)()は、(ひとえ)にこの(もん)(あお)ぎ、もはらものことはりをたのみて、(ねん)(ねん)不捨(ふしゃ)称名(しょうみょう)(しゅう)して、決定(けつじょう)往生(おうじょう)業因(ごういん)(そな)ふべし。
(かな)しみ ゲーテ  (なみだ)とともにパンを()べた(もの)でなければ、人生(じんせい)(あじ)はわからない  ゲーテ
かへらじとかねて思へば梓弓なき数入る名をぞとどむる
神様(かみさま)はどこまでも(つつ)んでいます。(包含(ほうがん) compli catio) その神様(かみさま)(わたし)たちに(なか)から展開(てんかい)する。(展開(てんかい) expl catoi) 参照(さんしょう) 如来(にょらい)(ぞう)思想(しそう)内在(ないざい)超越(ちょうえつ) 万有(ばんゆう)(ざい)(しん)(ろん) 包含(ほうがん)展開(てんかい)
神はよし祖とあらずも我や子の子たらん道を尽さであらめや(かみはよしそとあらずもわれやこのこたらんみちをじんさであらめや)
(かめ)  めしいたる (かめ)()()に あうなれや たまたま()たる (のり)(はし)(ぶね)  高弁(こうべん)  本願(ほんがん)()う (かめ)
(かも) 
から衣 たちぬふ人は あらなくに 秋の夜さむと なりまさりつつ
かりそめの いろにゆかりの こいにだに あふには()をも をしみやはする 法然上人() (こい) 
(かり)()めの (いろ)(ゆかり)の (こい)にだに (あう)ふには()をも ()しみやはする
かりそめの (いろ)のゆかりの (こい)にだに あふには()をも おしみやはする
()れはてて しかも花咲(はなさ)く (うめ)()(こえ)もたてず (うぐいす)のなく  ()
河波(かわなみ) 雪下(ゆきした)に (はる)(こえ)あり ことことと ()えぬ小川(おがわ)の (なが)(おと)()く  清浄光(しょうじょうこう)、 河波(かわなみ)
川端(かわばた)康成(やすなり) あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや(つき) (明恵(みょうえ)主客(しゅきゃく) 川端(かわばた)康成(やすなり) ノーベル(しょう) (つき) ()
かわやにて (もう)念仏(ねんぶつ)に とがあらば ()しこめよかし 弥陀(みだ)浄土(じょうど)へ 法然上人() 便所(べんじょ) 不浄(ふじょう) 清浄(しょうじょう) 行住坐臥(ぎょうじゅうざが)
(がん)(かい)  同体(どうたい) (べっ)(たい)三宝(さんぼう) の(がん)(かい)をおどろかし(もう)してもうさく。 授手印(じゅしゅいん) ()() 鎮西(ちんぜい)聖光(しょうこう)
歓喜(かんぎ) お百姓さんが秋のゆたかなお米の稔りを収めたいという欲望から、あの炎暑の中に汗を流して働けることを、少しも苦としておられないように、私たちも心霊を完成させたいという欲望から出る業務であれば、どんな仕事にも喜んで、これに従事してゆくことができる。現在の不幸の中にも将来の幸福を認め、病気の中にも健康を味わい、困苦の中にも矯正と規律を見出し、悲憂の中にも勇気を鼓舞し、常に満足を知り不平の念をおこさず、愉快の中にかこまれて失意落胆の情にうち勝ち、喜んで重荷をにない、眼にうつるもの一として歓喜ならざるものなしである。
歓喜(かんぎ)(こう)  それ衆生(しゅじょう)ありて、この(ひかり)()うものは三垢(さんく)消滅(しょうめつ)し(清浄光(しょうじょうこう))、身意柔軟(しんににゅうなん)に(智慧光(ちえこう))、歓喜踊躍(かんぎゆやく)して(歓喜(かんぎ)(こう))、善心(ぜんしん)(しょう)ぜん(不斷(ふだん)(こう))  礼拝儀(らいはいぎ)  無量寿経(むりょうじゅきょう)
観経(かんぎょう)  本願(ほんがん)三心(さんじん)一心(いっしん)()(らん)=「観経(かんぎょう)」 至心(ししん)信楽(しんぎょう)(よく)(しょう)()(こく)
観経(かんぎょう)(つき)かげの (いた)らぬ(さと)は なけれども ながむる(ひと)の こころにぞすむ   ()む ()む ()む 光明(こうみょう)遍照(へんじょう) 観経(かんぎょう) (だい)(9)
感謝(かんしゃ) ()がさめて 今日(きょう)もうれしや わがからだ
勧請(かんじょう)祈願(きがん)指導(しどう)   如来の分身たる霊応身を我が身心に請じて常住の指導を祈る。一、この身は如来の霊応を安置し奉る聖なる宮と信ずべきこと。二、霊応の常住を請うこと。三、聖意の指導を仰ぐこと。
関心(かんしん)   (あい)反対(はんたい)無関心(むかんしん)だ    マザーテレサ 人権(じんけん) 関心(かんしん)  怨憎会苦(おんぞうえく)関心(かんしん)がある
ガンディーに質問した「あなたは、非暴力(アサンサー)でインド独立を勝ちとりましたが、今、あなたに向けて原子爆弾を搭載した爆撃機があなたの頭上に飛来してきたら、どうされますか?」するとガンディーさんはその記者に微笑みながら、こう答えたといいます。「私は私に向かって原爆をつんだ飛行機が飛んできたら、その飛行機に手をふって笑顔で敵意のないことをしめすだろう」
(かん)(とく)=perfect
(かん)()梅花(ばいか) うららかなり   彼岸(ひがん)
堪忍と聞けば易きに似たれども己に勝つの替へ名なるべし(かんにんときけばやすきににたれどもおのれにかつのたいへななるべし)
感応(かんのう) (どう)(こう)
観音(かんのん) 頂戴(ちょうだい)  (かん) (ちゅう) (じゅう) ((ちゅう)()礼讃(らいさん))   念仏者(ねんぶつしゃ)基本(きほん)   頭上(ずじょう)()(ぶつ)  善導(ぜんどう)
観音(かんのん)頂戴冠中住 (観音は頂戴して冠中に住す)種種妙相宝荘厳 (種々の妙相の宝をもって荘厳す)能伏外道魔僑慢 (掛く外道と魔との廓僻ビを伏す)故我頂礼弥陀尊 (故に我れ弥陀尊を頂礼したてまつる)
看病(かんびょう)  三宝(さんぼう)   @(ぶつ)名医(めいい)  A(ほう)名薬(めいやく) B(そう)看病(かんびょう)  恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
(かん)(べに)は 無常の風に誘われて莟(つぼ)みし花の 今ぞ散り行く
()   (もも)(よう)(よう)たる、その()(しん)(しん)たり、(この)()(いえ)(とつ)ぐ、かの(いえ)(ひと)(よろし)し 大学(だいがく)   (もも) () 結婚(けっこん)
()  1、身命(しんめい)(ほとけ)()(しゅ)するの() 2、(ほとけ)(きょう)(めい)帰順(きじゅん)するの() 3、(めい)(こん)一心(いっしん)本元(ほんもと)(げん)()するの()
()  (ほう)()と ()うか()わぬかを 調(しら)べての ()(おこな)う (みち)(さだ)めよ ()(ほう)一体(いったい) () (ほう) 
() (たの)みなば ただひしひしと (たの)むべし ()(かしこ)きは (みち)(とお)きぞ 愚鈍(ぐどん) 念仏(ねんぶつ) 往生(おうじょう)()
黄色(きいろ)  (はる)黄色(きいろ)(はな)(おお)い (はな) 黄色(きいろ)
利きもあれば鈍きもありて取りはけるつるぎに似たるひとごころかな(ききもあればにぶきもありてとりはけるつるぎににたるひとごころかな)
起行(きぎょう) 安心(あんじん)()(もく))・起行(きぎょう)(ぎょう)(そく)) 起行(きぎょう) 二重(にじゅう) 修行(しゅぎょう)
()(とき)は げになるほどと (おも)いつつ 下駄(げた)はくときは とうに(わす)るる
綺語(きご) 今日(きょう)ほめて 明日(あす)わるく (うん)(ひと)の ()くも(わら)うも うその()(なか)
きささぎの (なか)五日(いつか)の 夜半(よわ)(つき) ()りにしあとの (やみ)ぞかなしき 西(さい)(しん)  涅槃(ねはん) 釈迦(しゃか)
()(しん)   不断(ふだん)煩悩(ぼんのう)()(しん)(そく)涅槃(ねはん)(ほう)(しん)) 曇鸞(どんらん)善道(ぜんどう))  
疑心(ぎしん) 念仏(ねんぶつ)は アクビの(あと)の (くち)なおし  信心(しんじん) 疑心(ぎしん) 信心(しんじん)()るような()いような
()(しん) 富士(ふじ)白雪(しらゆき)朝日(あさひ)()ける (むね)(こおり)思案(しあん)じゃとけぬ  ()(しん) (しん)()
鬼神(きじん)も ()かするものは ()(なか)の (ひと)(こころ)の (まこと)なりけり
季節(きせつ)  (はる)(ひゃか)花あり、(あき)(つき)あり、(なつ)涼風(りょうふう)あり、(ふゆ)(ゆき)あり  四季(しき)季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ) ()(かい)禅師(ぜんじ)
季節(きせつ)  (はる)(はな) (なつ)ほととぎす (あき)(つき) (ふゆ)(ゆき)さえて すずしかりけり   道元(どうげん)禅師(ぜんじ) 四季(しき) 季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)
気付(きづ)き (さと)る 動詞(どうし)名詞(めいし)()()(かた)がある。 動詞(どうし)()()るならば、「目覚(めざ)め」「覚醒(かくせい)」「無辺(むへん)(さと)り」 (かく) ()づき
きによって説け鶯の法法華経
昨日(きのう)まで (おに)()みにし (むね)殿(どの)も 今日(きょう)みだ(そん)の 御堂(みどう)とはなる
昨日(きのう)今日(きょう)も さよならの()がくれてゆく
()のきいた ()(もの)はとくに ()きこむに ろくろ(くび)ほど (なが)くのびたり
()のきいた ()(もの)はとくに ()きこむに ろくろ(くび)ほど (なが)くのびたり
()(なが)く (こころ)(まる)く (はら)()てず (くち)つつしみて (いのち)ながかれ
()(ほう)一体(いったい)  (ほう)()と ()うか()わぬかを 調(しら)べての ()(おこな)う (みち)(さだ)めよ ()(ほう)一体(いったい) () (ほう) 
(きみ)()む 宿(やど)(こずえ)を ゆくゆくも かくるるまでに (かえり)みしはや
(きみ)()が 我田(わがた)(なら)ぶ (うれ)しさよ 我田(わがた)へかかれ きみが()(みず)
(きみ)にかく (そう)()ることの うれしさも またさめやらぬ (ゆめ)かとぞ(おも)
(きみ)のため (みん)のためぞと (おも)はずば (ゆき)もほたるも (なに)かあつめん
(きみ)のため ()のため(なに)か (せき)からん ()ててかひある (いのち)なりせば
帰命(きみょう) の()(かえ)(むかし)()  (ゆたか)ぐの(こころ)である  (いま)(とつ)ぐと()
帰命(きみょう)とは()れること、勧請(かんじょう)とは宿(やど)すこと、発願(ほつがん)とは(あゆ)むこと
(きゃく)  無畏(むい)() (おそ)れがない→(やす)らぎ  (きゃく)接待(せったい)仕方(しかた) 施無畏(せむい)
客人(きゃくじん) 煩悩(ぼんのう)をば(こころ)客人(まろうど)として、念佛(ねんぶつ)(こころ)主人(あるじ)としつらえば(あなが)ちに往生(おうじょう)をば(さわ)ぬなり((7)箇条(かじょう)起請文(きしょうもん) 9)煩悩(ぼんのう)客人(まろうど)念仏(ねんぶつ)主人(しゅじん)
(きゃく)(そう)の 朝寝(あさね)よろこぶ (そう)(つま) (牛畝(ぎゅうほ)
行住坐臥(ぎょうじゅうざが) かわやにて (もう)念仏(ねんぶつ)に とがあらば ()しこめよかし 弥陀(みだ)浄土(じょうど)へ 法然上人() 便所(べんじょ) 不浄(ふじょう) 清浄(しょうじょう) 行住坐臥(ぎょうじゅうざが)
(きょう)とは辞典(じてん) 1、()(おや)につかえる行為(こうい) 2、()祖先(そせん)につかえる行為(こうい) 3、(おや)大事(だいじ)にすること   (おや) (おん)
(きょう)字形(じけい)()老人(ろうじん)()うている(かたち)文字(もじ)であります。 老人(ろうじん)とは()(おや)である。   (おや) (おん)
今日(きょう)彼岸(ひがん) 菩提(ぼだい)(たね)を まく()かな  彼岸(ひがん)
今日(きょう)ほめて 明日(あす)わるく (うん)(ひと)の ()くも(わら)うも うその()(なか)
今日(きょう)もまた (こころ)(かね)を ()()らし ()()らしつつ (あこが)れていく
キリスト(きょう)大乗(だいじょう)仏教(ぶっきょう)出会(であ)った」と1000年単位で歴史を見ると「記録(きろく)されるであろう。(トインビー歴史学者)
(きり)火桶(ひおけ) かきなでながら (おも)ふかな すきま(おお)かる しづが伏屋(ふしや)
()()いて(うつ)るあたわず。 不善(ふぜん)()いて(あらた)むるあたわず。こらは(わが)(うれ)いなり。これはいいことだと()りながらも、その方へ移っていくことが出来ない。不善と知りながらも、改めることが出来ない私である。(論語(ろんご)孔子(こうし)
()をもって(きょう)(しら)べる
(ぎん)のくがねも (たま)もせむに まされる(たから)  ()にしかめやも
()  有田(うでん)憂田(うでん) 有宅(うたく)有宅(うたく)   無量寿経(むりょうじゅきょう)  () 求不得苦(ぐふとっく)
()  三垢(さんく) (こころ)三垢(3あか)(わく)煩悩(ぼんのう)(ごう)=悪業(あくごう)()受苦(じゅく)) 垢質(くしつ)
()  もとよりも (しの)ぶの(さと)に (しのぶ)れば (しの)びてかよへ 弥陀(みだ)淨土(じょうど)へ  苦楽(くらく) (にん) (しの)ぶ 
() いまします (ほとけ)姿(すがた) よく()れば みな(くる)しみに ()えしみ姿(すがた)  () (だい)(しゅう) (だい)()
() (いわ)もあり ()()もあれど サラサラと ただサラサラと (みず)(なが)るる
() 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
() 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
() (われ)(ほっ)する(ところ)(ぜん)(おこな)うわたわず (ほっ)せざる(ところ)(あく)(おこな)う あぁ(なや)める(われ)なるかな。(パウロ)十夜(じゅうや) (ぜん) (あく) (よく) () 意思(いし)
() 大忍とは耐えしのんだり、がまんすることとはちがう。苦しいときはくるしいままに、嬉しいときは嬉しいままに身体ごと素直に順応していくことである。悲しいときは子供のように、ごく自然に涙を浮かべ悲しいんでいる。また念願かなって嬉しいときは、子供のように無邪気に嬉しがるこれを大忍という。 寂しいときは寂しいままに独り静かにいる。これが日本文化の「わび」「さび」の精神である。身体で抑えて、首から上に上げない。文句、愚痴を言わないようにしよう。争いの元となる。罪作り。(板橋興宗 曹洞宗)
() 矢のたとえ!一番の矢と二番矢 苦の一番矢を受けても二番の苦の矢は念仏を称えている人は受けない! 一番矢楽は二番矢は欲の働きによって苦の始まりになる。  苦楽(くらく) 挨拶(あいさつ)
(くう)平等(びょうどう)同等(どうとう)(ちが)う。  (くう)束縛(そくばく)されない、開放(かいほう)される。阿弥陀(あみだ)(さま)(まえ)平等(びょうどう)。  
(くう)(がい) (つう)(だつ) (しょ)法性(ほっしょう) 一切(いっさい)(くう)無我(むが)   專求(せんぐ)(じょう) 仏土(ぶつど) (ひつ)(じょう) (みょう) ()(せつ)  (しゅ)(ぜん)() (つい)(れん) (くう)(がい)75(さい)(しょ)
空海(くうかい)が (こころ)のうちに ()(はな)は 弥陀(みだ)より(ほか)に ()(ひと)はなし  弘法大師(こうぼうだいし) 信心(しんじん)(はな)
倶会一処(くえいっしょ) (つゆ)()は 此処彼処(ここかしこ)にて ()えぬとも (こころ)(おな)じ (なは)(だい)ぞ 法然上人() 流罪(るざい) (つゆ) (はな) 淨土(じょうど) 往生(おうじょう) 倶会一処(くえいっしょ)
()(なか)(ごく)()(きょう)(なか)(ごく)(きょう)(じん)禿(とく)有情(うじょう)(てい)()最澄(さいちょう)
()(きょう) (れん)(みん)(おん) (おや)はおのれ()して(のち)にも、()()(まも)ることを(ねが)
恭敬(くぎょう)(じゅ)   住持(じゅうじ)三宝(さんぼう) @(ぶつ)絵像(えぞう)木像(もくぞう)  A(ほう)()(かみ)(しゅ)(じく) B(そう)剃髪(ていはつ) ()() 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
恭敬(くぎょう)(じゅ)   吉川(よしかわ)英二(えいじ)  (われ) 以外(いがい) (みな) (わが)()  恭敬(くぎょう)(じゅ)  上下(じょうげ)関係(かんけい) 
恭敬(くぎょう)(じゅ)  三宝(さんぼう)   @(ぶつ)名医(めいい)  A(ほう)名薬(めいやく) B(そう)看病(かんびょう)  恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
恭敬(くぎょう)(じゅ)  三宝(さんぼう) @(ぶつ)(あか)るく  A(ほう)(ただ)しく B(そう)(なご)やかに 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
恭敬(くぎょう)(じゅ)  ()(しゅ) 恭敬(くぎょう)(じゅ)高慢(こうまん)  ()()(しゅ)(ぞうき)起   無間(むけん)(じゅ)懈怠(けたい)   (じょうじ)(しゅ)退転(たいてん)
恭敬(くぎょう)(じゅ)  ()(しゅ) 作業(さごう)()(しゅ)三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()()(しゅ) 無間(むけん)(じゅ) (じょうじ)(しゅ)
恭敬(くぎょう)(しゅ)  浄土(じょうど)にも (ごう)のものとや 沙汰(さた)すらん 西(にし)()いて (うし)ろみせねば   熊谷(くまがい)次郎(じろう)直実(なおざね) 恭敬(くぎょう)(しゅ)
恭敬(くぎょう)(じゅ)  (べっ)(たい)三宝(さんぼう) @(ぶつ)浄土(じょうど)弥陀(みだ)  A(ほう)念仏(ねんぶつ)()(のり) B(そう)浄土(じょうど)菩薩(ぼさつ) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
恭敬(くぎょう)(じゅ)  (やすし)(からだ)(うやま)う。  (けい)(こころ)(うやま)う。 (こころ)(した)()し、身体(しんたい)(うやま)う。日常(にちじょう)他人(たにん)(たい)する。 (こころ)(うやま)身体(しんたい)では(けい)ない 親子(おやこ)関係(かんけい)。 (ふつ)(たい)しては(こころ)身体(しんたい)(うやま)う。(なに)もいわないから!
恭敬(くぎょう)(しゅ) (かたち)(うやま)うを(く )(こころ)(うやま)うのを(ぎょう)。 1、有縁(うえん)(しょう)(にん)(うやま)う。2、有縁(うえん)知識(ちしき)(うやま)う。3、有縁の像教を敬う。4、(どう)(えん)(とも)(うやま)う。5、三宝(さんぼう)(うやま)う。  ()(しゅ)
(くさ)(いほ)に (あし)さしのべて 小山田(おやまだ)の 山田(やまだ)(かえる)  きくが(たの)しき
(くさ)のいほに ()てもさめても (もう)すこと 南無阿彌陀佛() 南無阿彌陀佛()
(くさ)(いほり)に ()てもさめても(もう)すこと なむあみだぶつ なむあみだぶつ
くさの葉の 露も光の あればとて 玉といひては 如何が拾はん
(くさ)()も からくれないに ()ゆるなれ (あか)()がねを かけし(ひと)には
(くさ)()も ()れたる野辺(のべ)に ただ(ひと)り (まつ)のみ(のこ)る 弥陀(みだ)本願(ほんがん)   本願(ほんがん) 知恩院(ちおんいん)  吉水(よしみず)
垢質(くしつ)  三垢(さんく) (こころ)三垢(3あか)(わく)煩悩(ぼんのう)(ごう)=悪業(あくごう)()受苦(じゅく)) 垢質(くしつ)
愚者(ぐしゃ)  (うそ)()いて(よろこ)んで、本当(ほんとう)()いて(はら)()てた。  世間(せけん) 愚者(ぐしゃ) (おろ)か 真実(しんじつ)
(くだ)(ざか)  人生(じんせい)には(3)っつの(さか)がある。 (のぼ)(ざか)(くだ)(ざか)、そしてもう(ひと)つ、まさかという(さか)。 (のぼ)(ざか)(くだ)(ざか) まさか?
愚痴(ぐち)  ()()るは(ぜん)(ごう)をひらく(しょ)(もん)なり。 愚痴(ぐち)
愚痴(ぐち)  智慧(ちえ)物事(ものごと)方向性(ほうこうせい)(しめ)してくれる。 知力(ちりょく)には(もの)判断(はんだん)する能力(のうりょく)はあるが、方向性(ほうこうせい)がない
愚痴(ぐち)  無明(むみょう)(みょう)    一方(いっぽう)より()れば無明(むみょう) 一方(いっぽう)よりみれば(みょう)  これが()()である。
愚痴(ぐち)  無明(むみょう)(もと)とし、煩悩(ぼんのう)基盤(きばん)としているから、方向性(ほうこうせい)間違(まちが)えて()(しょう)じる。 無知(むち) 愚痴(ぐち) 智慧(ちえ) 知力(ちりょく) (みょう)
功徳(くどく) 嗔恚(しんに)功徳(くどく)(はやし)()く 「(おそ)るべし カッと(いか)りの (むね)()が (われ)()()を ()()くすなり」腹立(はらだ)ち、(さん)(どく)煩悩(ぼんのう)
愚鈍(ぐどん) (たの)みなば ただひしひしと (たの)むべし ()(かしこ)きは (みち)(とお)きぞ 愚鈍(ぐどん) 念仏(ねんぶつ) 往生(おうじょう)()
(くに)(おも)ふ (みち)(ふた)つは なかりけり いくさの()に ()つも()たぬも
求不得苦(ぐふとっく)  有田(うでん)憂田(うでん) 有宅(うたく)有宅(うたく)   無量寿経(むりょうじゅきょう)  () 求不得苦(ぐふとっく)
熊谷(くまがい)次郎(じろう)直実(なおざね)  浄土(じょうど)にも (ごう)のものとや 沙汰(さた)すらん 西(にし)()いて (うし)ろみせねば   熊谷(くまがい)次郎(じろう)直実(なおざね) 恭敬(くぎょう)(しゅ)
熊谷(くまがい)(れん)(せい) ()むれば(すなわ)(ほとけ)(ふく)み、()むれば(すなわ)(ほとけ)()く「寐(そく)(がん)(ぶつ)(かく)(そく)()(ぶつ)」 (にんちょう)上人() 善導(ぜんどう)大師(だいし) (熊谷(くまがい) (れん)(せい) 藤枝(ふじえだ) 蓮華寺(れんげじ)
(くも)とわかつ (とも)かや(かり)の ()きわかれ
(くも)にただ 今宵(こよい)(つき)を まかせてむ いとふとしても ()れぬものゆゑ
苦樂(くらく)   (さか)三里(さんり) (つら)さが(たの)し 里帰(さとがえ)り 若葉(わかば)彼方(あなた) (もも)()(いえ)  苦樂(くらく) 故郷(ふるさと)
黒田(くろだ)上人() 伊賀(いが)黒田(くろだ)上人() (しゅん)(じょう)(ぼう)重源(ちょうげん)  東大寺(とうだいじ) 大仏(だいぶつ)再建(さいこん) ()(ごう)始祖(しそ)
()()るは(ぜん)(ごう)をひらく(しょ)(もん)なり。 愚痴(ぐち)
君子(くんし) 真実(しんじつ) 白魚(しらうお)の (あら)えば(にご)る 清水(しみず)かな 表面(ひょうめん)   虚仮(こけ) 真実(しんじつ) 
群書(ぐんしょ)(るい)(しゅう)  (ばん)(まち)で ()あきめくらに (みち)()き    (はなわ) () 己一(きいち)   天満宮(てんまんぐう)   群書(ぐんしょ)(るい)(しゅう)
ゲーテ  (なみだ)とともにパンを()べた(もの)でなければ、人生(じんせい)(あじ)はわからない  ゲーテ
(けが)れ (いけ)(みず) (ひと)(こころ)に ()たりけり (にご)りすむ(こと) さだめなければ 法然上人() (つみ) (けが)れ 清浄(しょうじょう) (こころ) (にご)
懈怠(けたい)  ()(しゅ) 恭敬(くぎょう)(じゅ)高慢(こうまん)  ()()(しゅ)(ぞうき)起   無間(むけん)(じゅ)懈怠(けたい)   (じょうじ)(しゅ)退転(たいてん)
懈怠(けたい)無間(むけん)(じゅ)   懈怠(けたい)(こころ)修正(しゅうせい)するために 三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)
結婚(けっこん)  (もも)(よう)(よう)たる、その()(しん)(しん)たり、(この)()(いえ)(とつ)ぐ、かの(いえ)(ひと)(よろし)し 大学(だいがく)   (もも) () 結婚(けっこん)
結婚(けっこん)  昔、ある青年が菩提心を起こして、是非とも仏になりたい。そのためには当時の仏様にお花を供養しなければならない、弟子入りの作法として。そこで、お花を捜すんですが、どこの花屋にも花がないんです。ないはずです。その国の王様が、仏様にお花を供養したら功徳が大きいということを聞いて、国中の花を独占して買い占めていた。だから、どこの花屋にも花がない。はなはだ困った……。そこへ、一人の娘さんが花を持ってきます。「その花を私に分けてください」「分けられません」「どうして」「これは王様に予約済みです。今から持っていって、頂くお金が私の貧しい家の足しになるんです」「いや、私はどんな犠牲を払ってもその花がほしい」「あなた、どうしてそんな無茶なことおっしゃるんですか」「私は今、菩提心を起こし、是非とも仏になりたい。成仏をしたい。だから、仏様にお花を供養したい。出来たら、あなたも私と一緒にお花を供えてくれませんか」その青年の意気に感じた娘さんが、赤い花を青年に渡し、自分は白い花を持って、ふたり揃って仏様にお花を供養した。二人の若者の捧げた花は、永遠にしぼまなかったが、王様の独占したお花は一晩にしてしぼんだ。それがご縁となって、ふたりは結ばれて結婚をします。それが、その世だけの契りではなくして、その次の世もその次の世も、二人は結ばれて夫婦になる。そうして先程申したように、力を合わせ心をひとつにして成仏めざして修養した。最後に青年が、インドの国シッダルタ太子として現れて、最後に釈迦牟尼仏という成仏の位に到達した。そうして、娘がヤソダラ姫となって青年と結婚し、釈迦牟尼仏によって救われて成仏します。そうやって仏教の結婚は、夫婦が成仏めざして互いに助け合い、補い合いながら修養していこうじゃないか、これが仏教の結婚観でございます。と共に、夫婦がひとつになるということは、容易ならぬ過去からの(えん)があったわけでございますね。「生まれる前から結ばれていたそんな気がする紅の糸」、これ『命くれない』……。そういうわけで、どうぞひとつ、結婚ということは単なる子孫保存だけが目的じゃなく、修養のためだ、成仏のための結婚であるということを忘れないでいただきたいのでございます。
()(やく)  摂化(せっけ)  摂取(せっしゅ)()(やく)
(げん) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
建久(けんきゅう)二年(1191(ねん)2月27日)、あらぬことを吹聴する(もの)たちの告げ口によって、法然上人()には源元彦という(かえ)俗の名前が与えちれ、流罪(るざい)の命が下されたので、上人の教導を仰ぐ道(ぞく)貴賎は皆んな欺き悲しみ合ったが、上人はこの下命に触れて、むしろ喜び従う御様子をなさって、「源空が流罪という羽目を受けることは、遠い地方にも念仏教化の(えん)が熟したということで、誠に喜ばしいことなのです。広くあらゆる人々を教化して、念仏の信仰(しんこう)に導き入れましよう」とまでおっしゃった。法然上人の御慈悲からするそうした御誓願の趣きが外に顕われて、しみじみと(とうと)く思われた。月輪殿(九条兼実(かねざね)公)はしばらく御別れしなければならない欺きを静めるために、法性寺の小御堂に法然上人を一夜おとめ申し上げた。そのとき依然上人は、「会者定離はこの世の道理であつて、今に始まることでほありません。どうして深く欺く必要がありましょうか。ずっと以前からの縁が空しいものでないならば、行く末は同じ蓮台に坐ることになりましょう。浄土での再会も間もないものです。今のお別れは、ひと時の悲しみであつて、春の夜の夢のようなものです。念仏の教えが(しん)(じゅん)されようが誹謗(ひぼう)されようが、それぞれを(えん)として先ずは自らが往生して、後の人たちを導くよぅにいたしましょう。引接(えん)というのは、極楽浄土の「楽」の一つでもあるのです(往生(おうじょう)(よう)(しゅう))。私どもはこの現世ですら疎遠な間柄ではなかったのですから、同じ名号を唱え、同じ光明の中に在って、同じ(しょう)衆の護念を蒙るのです。信仰(しんこう)を同じくしでいる者は、最も親しい間柄であるのですから、思慮もなく、疎遠となってしまうと(おも)われてはなりません。南無阿彌陀佛()(とな)えなされば、たとえ住所(じゅうしょ)(へだ)たっていても、源空(げんくう)(した)しいのです。というのも、源空もまた南無阿弥陀仏と唱え申し上げているからです。念彿を(こと)(こと)としない人は、たとえ源空と肩を並べ、膝を交えたとしても、漁空には疎遠の人なのです。身・口・意の(3)(ごう)が皆、私とは異なつているからです。」とおしゃたので、月輪(つきのわ)殿(でん)(かな)しみの(こころ)(みだ)れさせて、一言(ひとこと)(かた)られなかった。同建久二年三月十六日、法然上人は(ほう)()を出立されて、配所に赴かれた。配所は讃岐国の小松の庄である。このように門弟の住(れん)・安楽が不善の行いをした過失の責任があると吹聴し中傷する言動によって、罪なき上人は流罪にされてしまったのである。このように言葉巧みに告げ口をして人を陥れる者らの訴えによって左遷された賢者たちは昔から例がないわけではない。わが国では役行者、菅原道真、他国では唐の一行阿闍梨、詩人で宮人であつた白楽天などは、いずれも罪なくして流罪地に住まわれた人たちである。そもそも(ほとけ)や菩薩が衆生の機根に応じて化現されるその巧みな方便は、凡夫の知を越えた(はか)り難いものである。だから、仏(ほう)(しん)順されようが、仏法が誹謗(ひぼう)されようが、(ぶつ)菩薩はそれぞれに縁を結ばれるので、逆縁も共に益を受けることになるのである。法然上人が流罪の地に赴かれたので、都は闇夜に点る灯火を失ったかのようであり、地方は仏(ほう)に暗い地であったのに灯火を得たようであつた。従って、都は悲しみにつつまれ、田舎は喜びにつつまれ、都の人は悲しみのうちに念(ぶつ)を唱え、田舎の人は喜びのうちに称名念彿をしたのである。このように、悲しみにつけ喜びにつけ、(ぜん)を勧めるそうした(ぶつ)菩薩の教化利益は誠に巧みであり貴いものである。
現実(げんじつ) ()をすてて ()(すく)(ひと)も ますものを (くさ)(あん)に ひまもとむとは 良寛(りょうかん)  理想(りそう)現実(げんじつ)
現象学(げんしょうがく)  法蔵(ほうぞう)菩薩(ぼさつ)()(こう)思唯(しゆい)阿弥陀(あみだ)(さま)(ほう)(しん)阿弥陀(あみだ)(さま)である。(()()()(しゅう)) (()()()(しゅう)()()()(しゅう)現象学(げんしょうがく)による。)
謙遜(けんそん) 天狗と反対の心である。天狗は仏道修行の上で一番の禁物である。大ミオヤさまからお育てをいただいたみ恵みを人さまに話したりすると、この天狗の魔につけ入られて信仰が進まなくなる。鼻が高くては五体投地の礼拝の時に額が地につきません。“稔るほど頭を垂るる稲穂かな″ である。
(けん)(みが)けば(みが)くほど (ひかり)()
見佛(けんぶつ) 阿弥陀仏(あみだぶつ)と (もう)すばかりを つとめにて 淨土(じょうど)荘厳(しょうごん) ()るぞうれしき 法然上人() 浄土(じょうど) 荘厳(しょうごん) 見佛(けんぶつ) 念仏(ねんぶつ) 三昧(さんまい)
見佛(けんぶつ) 煩悩(ぼんのう)()さえられ ()えねども ()えず(われ)らを (しょう)()(たま)う 煩悩(ぼんのう) 護念(ごねん) (ほとけ) 増上(ぞうじょう)
()  形見(かたみ)とて はかなき(おや)の とどめてし この(わか)れさえ いかにせん 法然上人()15(さい)比叡山(ひえいざん) (はた)(うじ) (はは)親子(おやこ)
()  (ぎん)のくがねも (たま)もせむに まされる(たから) () にしかめやも
()  里帰(さとがえ)り ()どものまえで ()にかえる  (おや)  ()
(こい) かりそめの いろにゆかりの こいにだに あふには()をも をしみやはする 法然上人() (こい) 
(こい) われはただ ほとけにいつか あふいぐさ こころのつまに かけぬひぞなき 法然上人() (こい) 父子(ふし)相好(そうごう)
古池(こいけ)や (かえる)()びこむ (みず)(おと)  (松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)
()いしきと (おも)(こころ)は われならで (おや)(こころ)の かよい()るなり
(こい)しくて 阿彌陀(あみだ)ぶつぶつ (とな)うれば 弥陀(みだ)はこの()に すれつもつれつ
()いしくば (ほとけ)御名(みな)を (とな)ふれば われも(ひかり)の うちにこそあれ
(ごう)  三垢(さんく) (こころ)三垢(3あか)(わく)煩悩(ぼんのう)(ごう)=悪業(あくごう)()受苦(じゅく)) 垢質(くしつ)
(ごう) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
剛毅(ごうき) 意志の堅固をいう。ひと握りの綿火薬を爆発させても何の威力もないが、これに特別の装置を加えると、大巌をも砕くのである。一滴の水といえども、二疋の方向と不断の勢力を与えれば石をもうがつのである。意志また然りで、志すところ透徹せずんばやまざる執着心と勇気と意志は万物を開拓することができるのである。苦境に遭遇しても、これにくじけることなく、これを乗り越えてゆく力をいうのである。
(こう)()   (ぜん)(ねん)()(ねん)念念(ねんねん)   「念念(ねんねん)(ぼん)(しょう)(かい)(じょう)(こう)」((こう)())(法事讃(ほうじさん)
高山と海こそは山ながらかくも現しく海ながらしか真ならめ人は花物ぞうつせみの世人(こうざんとうみこそはやまながらかくもうつつしくうみながらしかまことならめじんははなものぞうつせみのせじん)
上野国(こうづけのくに)赤城(あかぎ)(やま)(みなみ)(ふもと)大胡(おおご)というところがある。藤原(ふじわら)秀郷(ひでさと)後胤(こういん)で、この地方(ちほう)勢力(せいりょく)()大胡(おおご)()のり、頼朝(よりとも)(こう)鎌倉(かまくら)(おこ)れるとき、()(さん)じて御家人(ごけにん)となった一族(いちぞく)建久(けんきゅう) 六年(ろくねん)二月(にがつ)將軍(しょうぐん)が、(いわ)清水(しみず)参詣(さんけい)あそばされた(とき)供奉(ぐぶ)(なか)()せらえれておりますから、当時(とうじ)上洛(じょうらく)して上人()(けん)(ざん)せるも、公事(くじ)(ひま)なく(かん)(すく)なくして、充分(じゅうぶん) 法門(ほうもん)沙汰(さた)にもあずからず、帰国(きこく)
(こう)は 百行(ひゃくぎょう)(もと)
(ごう)はただ 万事(ばんじ)はいらず 常不軽(じょうふきょう) 菩薩(ぼさつ)(ぎょう) 殊勝(しゅしょう)なりける   (良寛(りょうかん) 歌集(かしゅう)より)
高弁(こうべん)  めしいたる (かめ)()()に あうなれや たまたま()たる (のり)(はし)(ぶね)  高弁(こうべん)  本願(ほんがん)()う (かめ)
弘法大師(こうぼうだいし)  空海(くうかい)が (こころ)のうちに ()(はな)は 弥陀(みだ)より(ほか)に ()(ひと)はなし  弘法大師(こうぼうだいし) 信心(しんじん)(はな)
高慢(こうまん)  ()がるほど (ひと)()あぐる (ふじ)(はな)    高慢(こうまん)  (まん)
高慢(こうまん)  ()がるほど (ひと)()あぐる (ふじ)(はな)    高慢(こうまん)  (まん)
高慢(こうまん)  ()(しゅ) 恭敬(くぎょう)(じゅ)高慢(こうまん)  ()()(しゅ)(ぞうき)起   無間(むけん)(じゅ)懈怠(けたい)   (じょうじ)(しゅ)退転(たいてん)
光明(こうみょう)  ()えられぬ (ひかり)のみ()に ()きしめて (つね)(われ)らを 愛撫(あいぶ)(たま)う 無碍(むげ)(こう) 光明(こうみょう) 護念(ごねん) 愛撫(あいぶ) 増上(ぞうじょう)
光明(こうみょう)  同一(どういつ)名号(みょうごう)(とな)え、同一(どういつ)光明(こうみょう)(なか)にありて、(どう)(しょう)(じゅ)護念(ごねん)(こうむ)同胞(どうほう)(もっと)(した)し。(おろ)かに(うと)しと(おも)うべからず。 名号(みょうごう) 光明(こうみょう) (しょう)(じゅ) 別時(べつじ) 護念(ごねん) 同胞(どうほう) 
光明(こうみょう)  煩悩(ぼんのう)()さえられて 摂取(せっしゅ)光明(こうみょう)みえざれども 大悲(だいひ)ものうきことなくて (つね)()()()らすなり 光明(こうみょう) 摂取(せっしゅ) 慈悲(じひ)
光明(こうみょう)はくまなくそそぐ  (かぎ)()きいのちに()きよ  人間(にんげん)智慧(ちえ)なたのみそ  み(めぐ)みは(ひと)(えら)ばず  ただ(たの)阿弥陀(あみだ)(ほとけ)とおしえたる  いみじさの我等(われら)祖師(そし)や  A煩悩(ぼんのう)()てとは()らず  みだれたる(こころ)もゆるし  人間(にんげん)(さが)のまにまに  み(ほとけ)(くに)()()く  この(みち)(だれ)かひらきしなさけある  (した)わしのわれらが祖師(そし)や  (佐藤(さとう)春夫(はるお) 作詞(さくし)法然上人()(しょう) 煩悩(ぼんのう) 阿弥陀(あみだ) 光明(こうみょう) 祖師(そし)
光明(こうみょう)(ほん)願力(がんりき)である。 本願(ほんがん)
光明(こうみょう)遍照(へんじょう)  (つき)かげの (いた)らぬ(さと)は なけれども ながむる(ひと)の こころにぞすむ   ()む ()む ()む 光明(こうみょう)遍照(へんじょう) 観経(かんぎょう) (だい)(9)
(こえ)(こころ)がはこばれて (とな)うるごとに(かよ)()く ()てぬ(ちか)いのたのもしさ 大慈大悲(だいじだいひ)のひざの(うえ)
五感(ごかん)  (こころ) 五感(ごかん)によって(こころ)(つく)る (ほう)
五感(ごかん)  四智(しち) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  1、(げんにびぜつしんに) 2、耳 3、鼻 4、舌 5、身 6、意 7、まなしき【末那識】 8、あらやしき【阿頼耶識】大円鏡智は 第8阿頼耶識が転じて智慧を得る。平等性智は第7まなしき【末那識】が転じて智を得る。妙観察知は第6意が転じて智を得る。成所作智は第1から5までの五感が転じて智を得る。
五逆(ごぎゃく)  (ただ)(たの)め よろずの(つみ)は (ふか)くとも ()本願(ほんがん)の あらんかぎりは  本願(ほんがん) (つみ) 十悪(じゅうあく) 五逆(ごぎゃく)
去行(こぎょう)  (あん)とは安置(あんち)なり、(しん)とは(しん)(ねん)なり。(ねん)所求(しょぐ)所帰(しょき)去行(こぎょう)(3)つに()くを安心(あんじん)という。 聖冏(しょうげい)観経(かんぎょう)(でん)(つう)() 9) 安置(あんち) 所求(しょぐ) 所帰(しょき) 去行(こぎょう) 安心(あんじん)
虚空界尽(こくうかい つ)きなば、わが礼はすなわち尽きん。虚空界は尽くすべからざるが故に、わがこの礼敬も窮尽あることなく、かくの如く乃至衆生界尽き、衆生の業尽き、衆生の煩悩尽きなば、わが礼、すなわち尽きん。而して衆生界乃至煩悩は尽きることなきが故に、わがこの礼敬には、窮尽あることなし。念々に相続して間断あることなく、身、語、意業において疲厭(ひえん)(ひえん)あることなし。」
極楽(ごくらく) 昨日(きのう)まで (おに)()みにし (むね)殿(どの)も 今日(きょう)みだ(そん)の 御堂(みどう)とはなる
極楽(ごくらく)は (ほとけ)のいます (くに)なれば (ほとけ)(とも)に ()めば極楽(ごくらく)。 徳本  地獄(じごく)とは (おに)()みける (くに)なれば (おに)一緒(いっしょ)に ()めば地獄(じごく)よ。 睡時(すいじ) (とく)(ほん)
極楽(ごくらく)へ つとめて(はや)く いで()たば ()のをわりには (まい)りつきなん
極楽(ごくらく)へ つとめて(はや)く いで()たば ()のをわりには (まい)りつきなん 法然上人() 往生(おうじょう) 
虚仮(こけ)  白魚(しらうお)の (あら)えば(にご)る 清水(しみず)かな 表面(ひょうめん)  虚仮(こけ) 真実(しんじつ) 
五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)()も (さむ)きその()も (ゆき)()も 五劫思唯(ごこうしゆい)の ことを(おも)えば    荒巻(あらまき)くめ   五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)い  (さむ)い  (ゆき)
(こころ)  (じょう)不浄(ふじょう) 元々(もともと)はないけれども自分(じぶん)(つく)っていく (こころ)(あか)でつくる。 ()(くるま) (つく)大工(だいく)は おらねども (おの)がつくりて (おの)()()く  自我(じが)オレガの(こころ)(つく)っていく。
(こころ)  煩悩(ぼんのう)をば(こころ)客人(まろうど)として、念佛(ねんぶつ)(こころ)主人(あるじ)としつらえば(あなが)ちに往生(おうじょう)をば(さわ)ぬなり((7)箇条(かじょう)起請文(きしょうもん) 7)煩悩(ぼんのう)客人(まろうど)念仏(ねんぶつ)主人(しゅじん)
(こころ) (いけ)(みず) (ひと)(こころ)に ()たりけり (にご)りすむ(こと) さだめなければ 法然上人() (つみ) (けが)れ 清浄(しょうじょう) (こころ) (にご)
(こころ) 五感(ごかん)によって(こころ)(つく)る (ほう)
(こころ) (じょう)不浄(ふじょう) 元々(もともと)はないけれども自分(じぶん)(つく)っていく (こころ)(あか)でつくる。 ()(くるま) (つく)大工(だいく)は おらねども (おの)がつくりて (おの)()()く  自我(じが)オレガの(こころ)(つく)っていく。
(こころ) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
(こころ)(きよ)きにしたがって、仏土(ぶつど)(きよ)し。 (仏土(ぶつど)とは、私達(わたしたち)(こころ)(きよ)まることによって(ひら)かれてゆく世界(せかい)であり、仏土(ぶつど)がどこか(べつ)(ところ)存在(そんざい)しているということではない。 (こころ)仏土(ぶつど)とは(1)つの事柄(ことがら)であり、浄土(じょうど)(こころ)浄化(じょうか)する(往生(おうじょう))と(とも)に、その(こころ)浄土(じょうど)(ひら)かれてゆくのである。) (維摩経(ゆいまきょう) )
(こころ)(くも)れば(くも)ったままに、(みだ)るれば(みだ)れたままに、()めば()むままに、()()のままに、智者(ちしゃ)智者(ちしゃ)のまままに、(しき)(よう)(しき)(よう)のままに、(しん)()(しん)()のままに
(こころ)から よこしまに()る (あめ)はあらじ (かぜ)こそ夜半(やはん)の (まど)をうつらめ
(こころ)から よこしまに()る (あめ)はあらじ (かぜ)こそ夜半(やはん)の (まど)をうつらめ
(こころ)(きよ)きに(したが)って、仏土(ぶつど)(きよ)し 維摩(ゆいま)(きょう) 維摩(ゆいま)居士(こじ)御経(おきょう)
(こころ)だに まことの(みち)に かなひなば (いの)らずとても (かみ)(まも)らん
こころだに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん
(こころ)のはたらきは、(のう)ばかりではなく、全身(ぜんしん)(いとな)まれている
心よ(こころよ)人事(ひとごと)いはず 慇懃(いんぎん)に 慈悲ある人に 遠慮ある人
(こころ)より (こころ)(もの)を (おも)わする ()(くる)しむる ()()なりけり
(こころ)をば (こころ)(あだ)と 心得(こころえ)て (こころ)のなきを (こころ)とは()
(こころ)をば (こころ)(あだ)と 心得(こころえ)て (こころ)のなきを (こころ)とは()
此処(ここ)を   聖冏(しょうげい) 此処(ここ)()ること(とお)からず 実体実義主義 聖冏 無方 無分量
五重(ごじゅう)  (でん)(ぼう)形式(けいしき)(コップ) (でん)(かい)内容(ないよう) ((みず)) 五重(ごじゅう) (じゅ)(かい)()
五種(ごしゅ)正行(しょうぎょう)    三重(さんじゅう)(ぎょう)  1、五種(ごしゅ)正行(しょうぎょう) 2、(じょ)(しょう)二行(にぎょう) 3、専修(せんじゅ)一行(いちぎょう)  念佛(ねんぶつ)
()白川(しらかわ) (ほとけ)(つね)にいませど (うつつ)ならぬぞ あらわれなる (ひと)(おと)せぬ (あかつき)に ほのかに (ゆめ)に ()えたもう  ()白川(しらかわ)法王(ほうおう)
()(じん)  汚染(おせん) (じん)(きょう)  心情(しんじょう)汚染(おせん)するから(じん)(きょう)  ()(じん)
()(じん)  六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
(こずえ) あみだぶに そむる(こころ)の いろにいでば あきの(こずえ)の たぐいならまし 法然上人() (あき) ()める (こずえ)
(こずえ)()く (かぜ)(こころ)は いかがせん したがふ(はな)の (うら)めしきかな
梢吹(こずえふ)く (かぜ)の心はいかがせんしたがふ花の恨めしきかな
小僧(こぞう)とオカラの(はなし) ((しょ)()目的(もくてき)だけで、(なに)をするのか?)
()(ぞく) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
東風(こち)ふかば (にお)ひおこせよ (うめ)(はな) あるじなしとて (はる)(わす)れそ  (菅原道真(すがわらのみちざね)
(こっ)(しょ)より つくりいとなむ 殿堂(でんどう)に われも黄金(こがね)(くぎ) (ひと)()
(こっ)(しょ)より つくりいとなむ 殿堂(でんどう)に われも黄金(こがね)(くぎ) (ひと)()つ (与謝野(よさの) 晶子(あきこ)
ことしげき 心よりさく 物思(ものおも)ひ の(はな)(えだ)を ばつらつ()につく
事足(ことた)らぬ ()をな(うら)みそ (かも)(あし)(みじ)うてふぞ()かむ()もあれ
子供(こども)らと ()まりつきつつ この(さと)に (あそ)春日(はるび)は ()れずともよし
護念(ごねん)  ()えられぬ (ひかり)のみ()に ()きしめて (つね)(われ)らを 愛撫(あいぶ)(たま)う 無碍(むげ)(こう) 光明(こうみょう) 護念(ごねん) 愛撫(あいぶ) 増上(ぞうじょう)
護念(ごねん)  同一(どういつ)名号(みょうごう)(とな)え、同一(どういつ)光明(こうみょう)(なか)にありて、(どう)(しょう)(じゅ)護念(ごねん)(こうむ)同胞(どうほう)(もっと)(した)し。(おろ)かに(うと)しと(おも)うべからず。 名号(みょうごう) 光明(こうみょう) (しょう)(じゅ) 別時(べつじ) 護念(ごねん) 同胞(どうほう) 
護念(ごねん)  煩悩(ぼんのう)()さえられて 摂取(せっしゅ)光明(こうみょう)みえざれども 大悲(だいひ)ものうきことなくて (つね)()()()らすなり 光明(こうみょう) 摂取(せっしゅ) 慈悲(じひ)
護念(ごねん) 煩悩(ぼんのう)()さえられ ()えねども ()えず(われ)らを (しょう)()(たま)う 煩悩(ぼんのう) 護念(ごねん) (ほとけ) 増上(ぞうじょう)
この(あき)は (あめ)かあらしか ()らねども 今日(きょう)のつとめの (くさ)()るかな
このたびは 迷ひ悟の 分けめなり あつささむさも 厭ふべきかは
この秋は 雨か嵐か 知らねども けふの努めの種をまくかな
この年も またいたづらに 暮らし来て 春に逢はんと 思はざりけり
()()して たどりゆくらん ()()(たび) (みち)()れずとて かえりこよかし
(こめ) 一粒(ひとつぶ)の米の中にも、一滴の水の中にも一枚の紙の中にも、法身の血は通い、生命は宿っている、一切万物は生き物である。故に古徳たちは「粒々皆是仏身、滴々悉是仏物」と申されて、一粒のお米の中に通っている法身の血、一滴の水の中に宿っている法身の命を拝んで、これを大切にし、粗末にせず、勿体ないの生活に明け暮れなさいました。鳥や魚を殺すことだけが殺生では決してなく、天地一切のものは法身から産んでいただいた、法身の血の通い命の宿っているものであるから、物を大切にしない、粗末にするということが、とりもなおさず、その物の中に宿っている命を殺している、これが殺生である。積極的には物を大切にしてゆくということでありましょう。この粗末にしない、大切にする、勿体ないという生活のそこに、私たちの消費生活はひきしまってくるとおもうのであります。
(こめ)(わら) (こめとわら)田植えが終ると稲は青々と成長していく。秋風が吹きそめると稲はだんだん枯れていくが、穂の先にはお米がだんだん稔りへ稔りへと近づいていく。収穫期になって刈りとられた稲は藁となり、藁は来年稲田にまいても芽の出ない死んだもの、しかるに穂の先に稔ったお米を来年稲田にまけば、お米から芽が出る、すなわちお米は死なない命である。そのお米が稔るためには太陽のお恵みをうけなければならない。
ごめんなさい。  懺悔(さんげ)  (つぎ)()は よき(むし)()まれこよと ()()わせつつポリドールまく  (むし) (ころ)す 懺悔(さんげ)
子らは皆 戦の庭に 出ではてて 翁や一人 山田守るらむ(こらはみな いくさのにわに でではてて おきなやひとり やまだまもるらむ)
これはこれはとばかり花の吉野山
これを()ん おりおりことに おもひてて 南無阿彌陀佛()と (つね)にとなえよ 法然上人() 精進(しょうじん) 称名(しょうみょう) 
(ころ)す  (つぎ)()は よき(むし)()まれこよと ()()わせつつポリドールまく  (むし) (ころ)す 懺悔(さんげ)
()(おも)(おや)(こころ)  (わたし)(おも)(ほとけ)(こころ)  親子(おやこ) (おや)() 阿弥陀(あみだ) (ほとけ)
(こん) (げん) (ざい) (せつ) (ぽう)
欣求(ごんぐ)  今日(きょう)もまた (こころ)(かね)を ()()らし ()()らしつつ (あこが)れていく
欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)  (そう)安心(あんじん) 厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)    (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
(ざい)()  (てら)()()る (かえ)りは(くも)る (いえ)(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(ざい)() (てら)じゃてるてる (みち)では(くも)る うちに(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(ざい)(えん) (てら)じゃてるてる (みち)では(くも)る うちに(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(ざい)決定(けつじょう) (てら)じゃてるてる (みち)では(くも)る うちに(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
西(さい)(しん)  きささぎの (なか)五日(いつか)の 夜半(よわ)(つき) ()りにしあとの (やみ)ぞかなしき 西(さい)(しん)  涅槃(ねはん) 釈迦(しゃか)
(ざい)(しん) (てら)じゃてるてる (みち)では(くも)る うちに(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
(ざい)(しん) (てら)()()る (かえ)りは(くも)る (いえ)(かえ)れば (あめ)()る  (えん)(ざい)()(ざい)(こころ) (ざい)(えん) (ざい)決定(けつじょう)
最澄(さいちょう) ()(なか)(ごく)()(きょう)(なか)(ごく)(きょう)(じん)禿(とく)有情(うじょう)(てい)()最澄(さいちょう)
災難(さいなん)(あう)時節(じせつ)には、災難(さいなん)(あう)がよく(そうろう)()時節(じせつ)には、()ぬがよく(そうろう)(これ)はこれ災難(さいなん)をのがるる妙法(みょうほう)にて(そうろう)
(さい)河原(かわら) 持戒(じかい)念仏(ねんぶつ)往生(おうじょう)() ()(なか)は (さい)河原(かわら)の (いし)なれや ()んではくずし くずしては()む  ()(なか) (さい)河原(かわら) (いし) ()
西方(さいほう)  聖冏(しょうげい) 此処(ここ)()ること(とお)からず 実体実義主義 聖冏 無方 無分量
西方(さいほう)  本来(ほんらい)()東西(とうざい) 何処(どこ)()南北(なんぼく) 本来(ほんらい)(ひがし)西(にし)もない のに 何処(どこ)南北(なんぼく)があろうか (じつ)(たい)(じつ)()主義(しゅぎ) 聖冏(しょうげい) ()(ほう) ()分量(ぶんりょう)
西方(さいほう)()って(しょ)()()し、弥陀(みだ)()って(しょ)()()し、念仏(ねんぶつ)」を()って()(ぎょう)()す((しょ)()(しょ)()()(ぎょう)
()えられぬ (ひかり)のみ()に ()きしめて (つね)(われ)らを 愛撫(あいぶ)(たま)う 無碍(むげ)(こう) 光明(こうみょう) 護念(ごねん) 愛撫(あいぶ) 増上(ぞうじょう)
さえられぬ (ひかり)もあるを をしなへて (へだ)(かお)なる (あさ)(かすみ)かな
さえられぬ (ひかり)もあるを をしなへて (へだ)(かお)なる (あさ)(かすみ)かな   (はる) 法然上人() 無碍(むげ)(こう)(どんな(もの)があってもさえぎることがない)
さえられぬ (ひかり)もあるを をしなへて (へだ)(かお)なる (あさ)(かすみ)かな   (はる) 法然上人() 無碍(むげ)(こう)(どんな(もの)があってもさえぎることがない)
(さか) 人生(じんせい)には(3)っつの(さか)がある。 (のぼ)(ざか)(くだ)(ざか)、そしてもう(ひと)つ、まさかという(さか)。 (のぼ)(ざか)(くだ)(ざか) まさか?
(さか)三里(さんり) (つら)さが(たの)し 里帰(さとがえ)り 若葉(わかば)彼方(あなた) (もも)()(いえ)  苦樂(くらく) 故郷(ふるさと)
さかりをば 見る人多し  散る花の  あとを訪ふこそ  情けなりけり  (はな)   (なさ)
()がるほど (ひと)()あぐる (ふじ)(はな)    高慢(こうまん)  (まん)
先立(さきだ)たば おくるる(ひと)を まちやせん (はな)(うてな)に なかばのこして
先立(さきだ)ちし (ひと)よかれとの追善(ついぜん)は ()()よかれの (いの)りなりけり  回向(えこう) 追善(ついぜん)
(さけ) (ひと) 念仏(ねんぶつ) @(ひと)(さけ)()む A(さけ)(さけ)()む B(さけ)(ひと)をのむ  (さけ)念仏(ねんぶつ)にしたらよい。
作業(さごう)  ()(しゅ) 作業(さごう)()(しゅ)三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()()(しゅ) 無間(むけん)(じゅ) (じょうじ)(しゅ)
さし出る 鉾先折れよ 物毎に 己が心を 金槌として
作善(さぜん)   随喜(ずいき)(ぜん)功徳(くどく)作善(さぜん)(しゃ)のそれより(すぐ)れたり   作善(さぜん)
佐藤(さとう)春夫(はるお)  光明(こうみょう)はくまなくそそぐ  (かぎ)()きいのちに()きよ  人間(にんげん)智慧(ちえ)なたのみそ  み(めぐ)みは(ひと)(えら)ばず  ただ(たの)阿弥陀(あみだ)(ほとけ)とおしえたる  いみじさの我等(われら)祖師(そし)や  A煩悩(ぼんのう)()てとは()らず  みだれたる(こころ)もゆるし  人間(にんげん)(さが)のまにまに  み(ほとけ)(くに)()()く  この(みち)(だれ)かひらきしなさけある  (した)わしのわれらが祖師(そし)や  (佐藤(さとう)春夫(はるお) 作詞(さくし)法然上人()(しょう) 煩悩(ぼんのう) 阿弥陀(あみだ) 光明(こうみょう) 祖師(そし)
里帰(さとがえ)り ()どものまえで ()にかえる  (おや)  ()
(さと)(おんな)や (むぎ)骨折(ほねお)る うしろ(おび)
さとりとは (こころ)(なか)と (おも)いしに (にわ)(はな)さえ さとり(ひら)きつ
(さと)る 動詞(どうし)名詞(めいし)()()(かた)がある。 動詞(どうし)()()るならば、「目覚(めざ)め」「覚醒(かくせい)」「無辺(むへん)(さと)り」 (かく) ()づき
(さとる)とは 我性(がせい)(ごころ)を ()ることで なさけもあれば ()もあり
さへられぬ ひかりもあるを をしなべて へだてかおなる あさがすみかな 法然上人() (はる)
作法(さほう)  (しょ)(かい)(らく)  蓮華(れんげ)(はな)(ひら)くようにゆっくり両手(りょうて)(みぎ)(ひだり)(まえ)袱紗(ふくさ)(ひら)く 終わったら十念(じゅうねん)(のち)袱紗(ふくさ)()じる。説法(せっぽう) 作法(さほう) 袱紗(ふくさ)(ひら)(かた)()(かた)
さまざまの 色をつくして 咲く菊も かをりは一つ 庭の秋月
(さむ)い (あつ)()も (さむ)きその()も (ゆき)()も 五劫思唯(ごこうしゆい)の ことを(おも)えば    荒巻(あらまき)くめ   五劫思唯(ごこうしゆい)  (あつ)い  (さむ)い  (ゆき)
さやかなる 月の光の てらさすは 暗き道にや ひとりゆかまし
左様に、そら言を、たくみて、申し候ふらん人をば、帰りて哀れむべきなり。左程の者の、申さんによりて、念仏に疑いなし、不信を、発さん者は、云うに足らぬ程の、事にてこそは候はぬ。大方彌陀に縁浅く、往生に、時到らぬ者は、聞けども信ぜず、行うを見ては、腹を立て、怒りを含みて、妨げんとする事にて候なり。その心を得て、いかに人申すとも、御心ばかり、動がせ給うべからず。強(あなが)ちに信ぜざらんは、佛なお力及び、給うまじ。如何に況や凡夫の力,及び候ふまじき事なり。かかる不信の衆生を、利益せんと、思うわんに、つけても、とく(さよう)極楽へ、参りて、悟りを、開きて、生死に、返りて、誹謗不信の者をも、渡して、一切衆生、遍く利益せんと、思ふべき事にて候ふなり。『 勅伝 第二十八 』
(さん)(がく)()(ぶん)法然(ほうねん)愚痴(ぐち)法然(ほうねん)烏帽子(えぼし)()ざる(おとこ)
(さん)(がく)(はな)れて生死(しょうじ)()づべきの()あり、これ法然上人()のつくり(もの)であるとあるが(じつ)偉大(いだい)なるつくりものであります。
慚愧(ざんき) (ざん)(じん)()じ、()(てん)()ず。これを慚愧(ざんき)(めい)づく。()慚愧(ざんき)()づけて畜生(ちくしょう)とす。 涅槃經(ねはんきょう) (はじ) 慚愧(ざんき) 羞恥心(しゅうちしん)
三垢(さんく) (こころ)三垢(3あか)(わく)煩悩(ぼんのう)(ごう)=悪業(あくごう)()受苦(じゅく)) 垢質(くしつ)
三垢(さんく) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
懺悔(さんげ)  (つぎ)()は よき(むし)()まれこよと ()()わせつつポリドールまく  (むし) (ころ)す 懺悔(さんげ)
(さん)羯磨(こんま) 衆生(しゅじょう) (ぶっ)(かい)()けぬれば すなわち諸仏(しょぶつ)(くらい)()る。(くらい)(だい)(がく)(おな)(おわ)りなば、(まこと)にこれ諸仏(しょぶつ)(みこ)なり
三重(さんじゅう)(ぎょう)  1、五種(ごしゅ)正行(しょうぎょう) 2、(じょ)(しょう)二行(にぎょう) 3、専修(せんじゅ)一行(いちぎょう)  念佛(ねんぶつ)
三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)  ()(しゅ) 作業(さごう)()(しゅ)三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()()(しゅ) 無間(むけん)(じゅ) (じょうじ)(しゅ)
三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ) 無間(むけん)(じゅ)   懈怠(けたい)(こころ)修正(しゅうせい)するために 三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)
三心(さんじん)  (そう)安心(あんじん) 厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)    (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
三心(さんじん)  本願(ほんがん)三心(さんじん)一心(いっしん)()(らん)=「観経(かんぎょう)」 至心(ししん)信楽(しんぎょう)(よく)(しょう)()(こく)
三心(さんじん)  来迎(らいこう)往生(おうじょう)増上縁(ぞうじょうえん)、 三心(さんじん)往生(おうじょう)安心(あんじん)  往生(おうじょう) 増上縁(ぞうじょうえん) 三心(さんじん) 安心(あんじん)(勅修御伝随聞記19)
三心(さんじん) 往生(おうじょう)は よにやすけれど (みな)(ひと)の (まこと)(こころ) なくてこそせね 法然上人() 至誠心(しじょうしん) 三心(さんじん) (まこと)
三世(さんせ)流転(るてん)(しん) 1、現在(げんざい)罪悪(ざいあく)生死(しょうじ)凡夫(ぼんぶ)) 2、過去(かこ)(ひろい)(こう)以来(いらい)(つね)(もつ)) 3、未来(みらい)出離(しゅっり)(えん)あることなし)
(さん)(とう)()  なかぬなら殺してしまへ時鳥      織田右府(織田信長)
· 鳴かずともなかして見せうほととぎす 豊太閤(豊臣秀吉)
· なかぬなら鳴くまで待とふほととぎす 大權現様(徳川家康)
· 鳴かぬなら鳴かなくてよいほととぎす -種田山頭火
(さん)(どく) 嗔恚(しんに)功徳(くどく)(はやし)()く 「(おそ)るべし カッと(いか)りの (むね)()が (われ)()()を ()()くすなり」腹立(はらだ)ち、(さん)(どく)煩悩(ぼんのう)
三宝(さんぼう)   @(ぶつ)名医(めいい)  A(ほう)名薬(めいやく) B(そう)看病(かんびょう)  恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
三宝(さんぼう)  住持(じゅうじ)三宝(さんぼう) @(ぶつ)絵像(えぞう)木像(もくぞう)  A(ほう)()(かみ)(しゅ)(じく) B(そう)剃髪(ていはつ) ()() 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
三宝(さんぼう) @(ぶつ)(あか)るく  A(ほう)(ただ)しく B(そう)(なご)やかに 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
三宝(さんぼう) @(ぶつ)(あか)るく  A(ほう)(ただ)しく B(そう)(なご)やかに 明治(めいじ) 大正(たいしょう) 昭和(しょうわ)
三宝(さんぼう) @(ぶつ)浄土(じょうど)弥陀(みだ)  A(ほう)念仏(ねんぶつ)()(のり) B(そう)浄土(じょうど)菩薩(ぼさつ) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
三法印(さんぼういん) 諸行(しょぎょう)無常(むじょう) 諸法(しょほう)無我(むが) 涅槃(ねはん)寂静(じゃくじょう)
三昧(さんまい) 阿弥陀仏(あみだぶつ)と (もう)すばかりを つとめにて 淨土(じょうど)荘厳(しょうごん) ()るぞうれしき 法然上人() 浄土(じょうど) 荘厳(しょうごん) 見佛(けんぶつ) 念仏(ねんぶつ) 三昧(さんまい)
三輪(さんりん)清浄(しょうじょう)  布施(ふせ) (あた)える(ひと)(もの)(いただ)(ひと) の(みっ)つが清浄(しょうじょう)
()  ()きてよし ()してまたよし 極楽(ごくらく)の 弥陀(みだ)のみ(もと)に ()まる(うれ)しさ    生死(しょうじ) 阿弥陀(あみだ) 往生(おうじょう) 極楽(ごくらく) ()
() (せつ) ()  布施(ふせ)()(ぎょう) (あい)() 同時(どうじ)
上人()ある夜夢見らく。一の大山あり。その峯きはめてたかし。南北長遠にして西方にむかへり。山のふもとに大河あり。碧水(へきすい)北より出て、波浪南にながる。河原眇(びょう)々として辺際なく、林樹茫々として限数をしらず。山の腹にのぼりて、はるかに西方を見たまへば、地よりかみ五丈ばかりあがりて、空中に、聚(じゅ)の紫雲あり。この雲とび来りて、上人のところにいたる。希有の思をなし給ところに、この紫雲の中より、無量の光をいだす。光の中より孔雀鸚鵡(おうむ)等の、百宝色の鳥、とびいでゝ、よもに散じ、又河浜に遊戯(け)す。身より光をはなちて照耀(しょうよう)きはまりなし。其後衆鳥とびのぼりてもとのごとく紫雲のなかにいりぬ。この紫雲また、北にむかひて、山河をかくせり。かしこに往生人あるかと、思惟し給ほどに、又須叟にかへりきたりて、上人のまへに住す。やうやくひろごりて一天下に覆ふ。雲の中より一人の僧出て、上人の所にきたり住す。そのさま腰より下は、金色にして、こしよりかみは、墨染なり。上人合掌低頭して申給はく。これ誰人にましますぞやと。僧答給はく。我は是善導なりと。なにのために、来給ぞやと申給に、汝専修念仏を、ひろむること、貴(たっとき)がゆへにきたれるなり、との給と見て夢さめぬ。画工乗台におほせて、ゆめに見るところを図せしむ。世間に流布して、夢の善導といへるこれなり。その画像、のちに唐朝よりわたれる、影像に、たがはぎりけり。上人の化導、和尚の尊意にかなへること、あきらけし。しかれば、上人の勧進によりて、称名念仏を信じ、往生をとぐるもの、一州にみち、四海にあまねし。前兆のむなしからざる、たれの人か、信受せざらむ。
椎尾(しいお)辨匡(べんきょう) (とき)(いま) ところ足元(あしもと) そのことに うちこむ(いのち)  永久(とわ)のみいのち  椎尾(しいお)(べん)(きょう) (いま) 人権(じんけん) (いのち) 精進(しょうじん)
ジェンダーフリー 舎利(しゃり)(ほつ)女装(じょそう)登場(とうじょう)した(とき)にお釈迦様(しゃかさま)が「舎利(しゃり)(ほつ)(おとこ)か?(おんな)か?」と(たず)ねた!みんな(おとこ)ですよ!釈迦(しゃか)は「本来(ほんらい)(くう)(おとこ)(おんな)もない」「(くう)平等(びょうどう)同等(どうとう)(ちが)う」(くう)束縛(そくばく)されない、開放(かいほう)される。阿弥陀(あみだ)(さま)(まえ)平等(びょうどう)。  (おとこ)から開放(かいほう)される(まえ)(おんな)から開放(かいほう)されること。(仏教(ぶっきょう)(てき)に)
(しお)   ()(まえ)よりも()たらず、かねてうしろにせまれり。(ひと)みな()あることを()りて()つことしかも(きゅう)ならざるに(おぼ)えずして()る。(おき)干潟(ひがた)はるかなれども、(いそ)より(しお)滿(みつる)つるがごとし。  吉田(よしだ)兼好(けんこう) 徒然草(つれづれぐさ) () (しお) 
四恩(しおん) 1、父母(ちちはは) 2、国王(こくおう) 3、三宝(さんぼう) 4、衆生(しゅじょう)
自我(じが)  (じょう)不浄(ふじょう) 元々(もともと)はないけれども自分(じぶん)(つく)っていく (こころ)(あか)でつくる。 ()(くるま) (つく)大工(だいく)は おらねども (おの)がつくりて (おの)()()く  自我(じが)オレガの(こころ)(つく)っていく。
持戒(じかい)念仏(ねんぶつ)往生(おうじょう)() ()(なか)は (さい)河原(かわら)の (いし)なれや ()んではくずし くずしては()む  ()(なか) (さい)河原(かわら) (いし) ()
持戒(じかい)念仏(ねんぶつ)往生(おうじょう)() ()(なか)は (さい)河原(かわら)の (いし)なれや ()んではくずし くずしては()む  ()(なか) (さい)河原(かわら) (いし) ()
(しき)  (てん)(しき)()() (しき)(てん)じて()()る 四智(しち)  清浄(しょうじょう) 六根(ろっこん) 
四季(しき)  (はる)(はな) (なつ)ほととぎす (あき)(つき) (ふゆ)(ゆき)さえて すずしかりけり   道元(どうげん)禅師(ぜんじ) 四季(しき) 季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)
四季(しき) (はる)(ひゃか)花あり、(あき)(つき)あり、(なつ)涼風(りょうふう)あり、(ふゆ)(ゆき)あり  四季(しき)季節(きせつ) 春夏(はるなつ)(あき)(ふゆ)  ()(かい)禅師(ぜんじ)
()帰依(きえ)(ぶつ) (とう)(がん)衆生(しゅじょう) (たい)()大同(だいどう) (ほつ)無上(むじょう)()(しん))  ((さん)帰依(きえ)(もん)(はじめ)言葉(ことば))(華厳経(けごんきょう) (じょう)(ぎょう)(ぼん)
敷島(しきしま)の 大和(やまと)(ごころ)を 人問(ひととい)はば 朝日(あさひ)(におい)ふ (やまさくらばな)桜花
(じき)()き ()(さいわい)を (よろこ)びて ()えに(くる)しむ (じん)(あわ)れめ
(じき)平等(びょうどう)布施(ふせ)差別(しゃべつ)
(じき)平等(びょうどう)とは大僧正(だいそうじょう)小僧(こぞう)も、十人(じゅうにん)十人(じゅうにん)百人(ひゃくにん)百人(ひゃくにん)(じき)において差別(しゃべつ)がない(ゆえ)平等(びょうどう)
しき島の 大和島根の をしへ草 神代の種の 残るなりけり
四苦(しく)   (しん) (ねん) (いち) (ひゃく) (さい)、 (ちょう) (しゅう) 八十(はちじゅう) () (100(さい)老親(ろうしん)が82(さい)()心配(しんぱい)していることで、老婆(ろうば)親切(しんせつ)である。その(うえ)往生(おうじょう)(ねが)い、念仏者(ねんぶつしゃ)になった)
四苦(しく)  はえば()て ()てば(あゆ)めの 親心(おやごころ) わが()()もる ()いを(わす)れて  (そだ)て (まも)り 親子(おやこ) (ろう) 四苦(しく)
()弘誓願(ぐせいがん)  ()六度(ろくど)) (だん) () (しょう)   
示現(じげん)  谷川(たにがわ)の ()()(した)の おぼれ(みず) (なが)るるもゆく (したた)るもゆく (つぶつぶもゆく ざらざらもゆく) 示現(じげん) (いわ)清水(しみず)八幡(はちまん) (はやし) 227
示現(じげん) 念珠(ねんじゅ)のとり(かた) 1、(しん)(しゅ)一称(いっしょう)(いち)() 粒粒(つぶつぶ)念佛(ねんぶつ) 2、(はや)くりーざら念佛(ねんぶつ)谷川の 木の葉の下の おぼれ水 つぶつぶもゆく ざらざらもゆく
地獄(じごく)  昨日(きのう)まで (おに)()みにし (むね)殿(どの)も 今日(きょう)みだ(そん)の 御堂(みどう)とはなる
地獄(じごく) 餓鬼(がき) 畜生(ちくしょう) 阿修羅(あしゅら) (ふつ) 菩薩(ぼさつ)なにに()ろうと ままな(いつ)(ねん)
()(しゅ)  (うやま)いて ただ()ばかり 日日(にちにち)に (いのち)のかぎり  (つと)むるが()(しゅ)  ()(しゅ)
()(しゅ)  (おこた)らず ()かば千里(ちさと)()ても()ん (うし)(あゆ)みのよし おそくとも 無間(むけん)(しゅ) ()(しゅ)
()(しゅ)  恭敬(くぎょう)(じゅ)  (やすし)(からだ)(うやま)う。  (けい)(こころ)(うやま)う。 (こころ)(した)()し、身体(しんたい)(うやま)う。日常(にちじょう)他人(たにん)(たい)する。 (こころ)(うやま)身体(しんたい)では(けい)ない 親子(おやこ)関係(かんけい)。 (ふつ)(たい)しては(こころ)身体(しんたい)(うやま)う。(なに)もいわないから!
()(しゅ)  三宝(さんぼう)   @(ぶつ)名医(めいい)  A(ほう)名薬(めいやく) B(そう)看病(かんびょう)  恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
()(しゅ)  住持(じゅうじ)三宝(さんぼう) @(ぶつ)絵像(えぞう)木像(もくぞう)  A(ほう)()(かみ)(しゅ)(じく) B(そう)剃髪(ていはつ) ()() 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
()(しゅ)  (べっ)(たい)三宝(さんぼう) @(ぶつ)浄土(じょうど)弥陀(みだ)  A(ほう)念仏(ねんぶつ)()(のり) B(そう)浄土(じょうど)菩薩(ぼさつ) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
()(しゅ)  ()()(しゅ) ()とは余分(よぶん)なもの、()ざり()(こころ)で、余分(よぶん)のものを()ぜずに、ただ念佛(ねんぶつ)だけをの()   ()(しゅ)
()(しゅ) 恭敬(くぎょう)(しゅ) (かたち)(うやま)うを(く )(こころ)(うやま)うのを(ぎょう)。 1、有縁(うえん)(しょう)(にん)(うやま)う。2、有縁(うえん)知識(ちしき)(うやま)う。3、有縁の像教を敬う。4、(どう)(えん)(とも)(うやま)う。6、三宝(さんぼう)(うやま)う。  ()(しゅ)
()(しゅ) 恭敬(くぎょう)(じゅ)高慢(こうまん)  ()()(しゅ)(ぞうき)起   無間(むけん)(じゅ)懈怠(けたい)   (じょうじ)(しゅ)退転(たいてん)
()(しゅ) 作業(さごう)()(しゅ)三種(さんしゅ)行儀(ぎょうぎ)) 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()()(しゅ) 無間(むけん)(じゅ) (じょうじ)(しゅ) ((うやま)いて ただ御名(みな)ばかり (おこた)らず (いのち)(かぎ)(つと)むるが()(しゅ)
()(しゅ) 三宝(さんぼう) @(ぶつ)(あか)るく  A(ほう)(ただ)しく B(そう)(なご)やかに 恭敬(くぎょう)(じゅ) ()(しゅ)
()(しゅ)ともに 大事(だいじ)なれども ()(けん)(しゅ)が 大事(だいじ)のなかの 大事(だいじ)なりける   無間(むけん)(しゅ)
()(しょう)  (たい)(しょう)(らん)(しょう)湿(しつ)(しょう)化生(けしょう)
至誠心(しじょうしん)  (そう)安心(あんじん) 厭離穢土(えんりえど) 欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)    (べつ)安心(あんじん) 三心(さんじん)  至誠心(しじょうしん) 深心(じんしん) 回向(えこう)発願(ほつがん)(ごころ)  安心(あんじん)
至誠心(しじょうしん) 往生(おうじょう)は よにやすけれど (みな)(ひと)の (まこと)(こころ) なくてこそせね 法然上人() 至誠心(しじょうしん) 三心(さんじん) (まこと)
至心(ししん)  本願(ほんがん)三心(さんじん)一心(いっしん)()(らん)=「観経(かんぎょう)」 至心(ししん)信楽(しんぎょう)(よく)(しょう)()(こく)
至心(ししん)に勧請す   三身即一に在ます如来よ 如来の真応身は在さざる処なきが故に今我身体は 如来の霊応を安置すべき宮なりと信ず 諸の聖者の心宮に在しし如く 常に我等が心殿に在らせ給え 今や己が身を献げて至心に如来の霊応を勧請し奉る 霊応常住に我心殿に在まして転法輪を垂れ給え
自身(じしん)(げん)に 罪悪(ざいあく)生死(しょうじ)凡夫(ぼんぶ)
(した) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  (げんにびぜつしんに)耳鼻舌身意(じんに) が(きよ)められる 色声香味触法(いろしょうこうみしょくほう)(ぜん)5つが五塵(5じん) 五賊(ごぞく)二河白道(にがびゃくどう)) (こころ)三垢(3あか)(わく)(ごう)()
()(だい)() (唯識(ゆいしき)) 仏果(ほとけはたし)をきわめたときに具有(ぐゆう)する四種(よんしゅ)()。すなわち、大円鏡智(だいえんきょうち)平等(びょうどう)性智(せいさとし)妙観察智(みょうかんさつち)(しげ)所作智(しょさち)
(した)はしと (おも)(こころ)や (つう)ひけん むかしの(ひと)ぞ (ゆめ)()えける
()() (唯識(ゆいしき)) 仏果(ほとけはたし)をきわめたときに具有(ぐゆう)する四種(よんしゅ)()。すなわち、大円鏡智(だいえんきょうち)平等(びょうどう)性智(せいさとし)妙観察智(みょうかんさつち)(しげ)所作智(しょさち)
四智(しち) (てん)(しき)()() (しき)(てん)じて()()る 四智(しち)  清浄(しょうじょう) 六根(ろっこん) 
四智(しち) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  1、(げんにびぜつしんに) 2、耳 3、鼻 4、舌 5、身 6、意 7、まなしき【末那識】 8、あらやしき【阿頼耶識】
四智(しち) 六根(ろっこん)清浄(しょうじょう)  1、(げんにびぜつしんに) 2、耳 3、鼻 4、舌 5、身 6、意 7、まなしき【末那識】 8、あらやしき【阿頼耶識】大円鏡智は 第8阿頼耶識が転じて智慧を得る。平等性智は第7まなしき【末那識】が転じて智を得る。妙観察知は第6意が転じて智を得る。成所作智は第1から5までの五感が転じて智を得る。
上人()知恵(ちえ)第一(だいいち)のほまれちまたにみち、多聞(たもん)(こう)(がく)のきこえ()にあまねし。
(しち)箇条(かじょう)起請文(きしょうもん)  煩悩(ぼんのう)をば(こころ)客人(まろうど)として、念佛(ねんぶつ)(こころ)主人(あるじ)としつらえば(あなが)ちに往生(おうじょう)をば(さわ)ぬなり((7)箇条(かじょう)起請文(きしょうもん) 8)煩悩(ぼんのう)客人(まろうど)念仏(ねんぶつ)主人(しゅじん)
(しち)(ぶつ)通誡(つうかい)()  諸悪(しょあく)(まく)() (しゅ)(ぜん)奉行(ぶぎょう) 自浄(じじょう)其意(ごい) ()(しょ)仏教(ぶっきょう)   「(もろもろ)(あく)はなすなかれ (もろもろ)(ぜん)奉行(ぶぎょう)せよ (みずか)らその(こころ)(きよ)める これを諸仏(しょぶつ)(おし)えという」(法句(ほっく)(きょう) 138)
(じつ)(たい)(じつ)() 聖冏(しょうげい) 此処(ここ)()ること(とお)からず 実体実義主義 聖冏 無方 無分量
(じつ)(たい)(じつ)() 本来(ほんらい)()東西(とうざい) 何処(どこ)()南北(なんぼく) 本来(ほんらい)(ひがし)西(にし)もない のに 何処(どこ)南北(なんぼく)があろうか (じつ)(たい)(じつ)()主義(しゅぎ) 聖冏(しょうげい) ()(ほう) ()分量(ぶんりょう)
此土(しど)往生(おうじょう)  往生(おうじょう)此土(しど)往生(おうじょう)理想的(りそうてき)浄土(じょうど)有余(ゆうよ)涅槃(ねはん)精神更生(せいしんこうせい)不体失(ふたいしつ)往生(おうじょう)
()にたいと いう(ひと)()に (きゅう)(あと) (本当(ほんとう)長生(ながい)きしたい)
(しの)ぶ  もとよりも (しの)ぶの(さと)に (しのぶ)れば (しの)びてかよへ 弥陀(みだ)淨土(じょうど)へ  苦楽(くらく) (にん) (しの)ぶ 
(しのぶ) とは(くる)しいことを、ねばり(つよ)()ちこたえる意味(いみ)  (だい)(にん) 参照(さんしょう) 大西(おおにし) (じゅん)(きょう)
(しの)ぶ ()にしたがえば,身,くるし.したがはねば,狂せるに似たり.いずれの所を占めて,いかなるわざをしてか.しばしもこの身を宿し,たまゆらも心を休むべき.  方丈記(ほうじょうき)
(しの)ぶ 大忍とは耐えしのんだり、がまんすることとはちがう。苦しいときはくるしいままに、嬉しいときは嬉しいままに身体ごと素直に順応していくことである。悲しいときは子供のように、ごく自然に涙を浮かべ悲しいんでいる。また念願かなって嬉しいときは、子供のように無邪気に嬉しがるこれを大忍という。 寂しいときは寂しいままに独り静かにいる。これが日本文化の「わび」「さび」の精神である。身体で抑えて、首から上に上げない。文句、愚痴を言わないようにしよう。争いの元となる。罪作り。(板橋興宗 曹洞宗)
(しば)()に あけくれかくる 白雲(しらくも)を いつむらさきの (いろ)にみなさん
(しば)()に あけくれかくる 白雲(しらくも)を いつむらさきの (いろ)にみなさん 法然上人()
()(まえ)よりも()たらず、かねてうしろにせまれり。(ひと)みな()あることを()りて()つことしかも(きゅう)ならざるに(おぼ)えずして()る。(おき)干潟(ひがた)はるかなれども、(いそ)より(しお)滿(みつる)つるがごとし。  吉田(よしだ)兼好(けんこう) 徒然草(つれづれぐさ) () (しお) 
慈悲(じひ)  かつてWTO(世界(せかい)保健(ほけん)機構(きこう))はアフリカのマラリア患者(かんじゃ)(おお)地域(ちいき)徹底的(てっていてき)なマラリア(ぼく)(めつ)作戦(さくせん)展開(てんかい)した。その結果(けっか)乳幼児(にゅうようじ)死亡率(しぼうりつ)が10(ぶん)の1に低下(ていか)した。そかし10(ねん)あとには、その地域(ちいき)住民(じゅうみん)のほとんどが餓死(がし)してしまった。マラリア患者(かんじゃ)がいなくなって、爆発的(ばくはつてき)人口(じんこう)増加(ぞうか)したためである。WHOは、はたして()いことをしたのか?(わる)いことをしたのか(あたま)をかかえこんだという。 慈悲(じひ) 科学(かがく) 理論(りろん) ()いこと (わる)いこと 知恵(ちえ)
慈悲(じひ)  煩悩(ぼんのう)()さえられて 摂取(せっしゅ)光明(こうみょう)みえざれども 大悲(だいひ)ものうきことなくて (つね)()()()らすなり 光明(こうみょう) 摂取(せっしゅ) 慈悲(じひ)
慈悲(じひ) ()えられぬ (ひかり)のみ()に ()きしめて (つね)(われ)らを 愛撫(あいぶ)(たま)う 無碍(むげ)(こう) 光明(こうみょう) 護念(ごねん) 愛撫(あいぶ) 増上(ぞうじょう) 慈悲(じひ)
慈悲(じひ) 真砂(ますな)なす (かず)なき(ほし)の そのなかに (われ)()かいて (ひかる)(ほし)あり
慈悲(じひ)
「慈」は与楽の心であって、一切衆生を真実に愛念して常にその心を安んじ満足せしめ、自分が大ミオヤさまの大慈悲にいだかれている真実の幸福を、一切衆生にも同じく得させようという愛念をいうのであり、「悲」とは抜苦の心で、一切衆生の苦悩に対して同情にたえず、いかにすればその苦を抜き平和が得られるかと、方便し救済し、その抜苦のために、山をくだき、 ミオヤさまの絶対のみカによらざれば、その苦悩や煩悩は解脱し難いことを方便として教え、大ミオヤさまの大悲を伝えて信心を得せしめようとする同情の心である。
慈悲(じひ)二字(にじ)別説(べつせつ)すれば、()与楽(よらく)()抜苦(ばっく)(ふた)つは性質(せいしつ)(ちが)うから、()無量(むりょう)においては、()無量(むりょう)()無量(むりょう)分説(ぶんせつ)されいる。
渋柿(しぶがき)の 甘柿(あまがき)となる ()(めぐ)み   (かき) 煩悩(ぼんのう)
渋柿(しぶがき)の (しぶ)そのままの (あま)さかな  煩悩(ぼんのう)(そく)涅槃(ねはん)
自分(じぶん)  山本(やまもと)有三(ゆうぞう) 路傍(ろぼう)(いし) 「たった一人(ひとり)しかいない自分(じぶん)をたった一度(いちど)しかない人生(じんせい)をほんとうに()きなかったら、()まれてきた甲斐(かい)がないじゃないか」 人生(じんせい) 自分(じぶん) 生死(しょうじ)
自分(じぶん)(みぎ)(かた)には(ちち)を (ひだり)(かた)には(はは)背負(せお)って百年(ひゃくねん)もの(あいだ)(ある)(まわ)ってとしても(むく)いられないほど、(おや)(おん)広大(こうだい)なものだ
(しま)()い (しま)()いけり 彼岸(ひがん)(ばな)  (泊清寺(はくせいじ) )
()無量(むりょう)(しん) ()(たの)しみを(あた)え) ()()()き) ()(とも)(よろこ)ぶ) (しゃ)執着(しゅうちゃく)しない) (差別(さべつ)()てる)
釈迦(しゃか)  きささぎの (なか)五日(いつか)の 夜半(よわ)(つき) ()りにしあとの (やみ)ぞかなしき 西(さい)(しん)  涅槃(ねはん) 釈迦(しゃか)
釈迦(しゃか)  (つた)()く (つる)(はやし)の 夜半(よわ)(こえ) (みな)()(おも)言葉(ことば)なりけり  (てい)(ごく) I(かく)(りん)涅槃(ねはん) 釈迦(しゃか)
釈迦(しゃか) お釈迦(しゃか)(さま)(じゅう)大弟子(だいでし) @智慧(ちえ)第一(だいいち)(ちえ) 舎利(しゃり)(ほつ) A説法(せっぽう)第一(だいいち)(ときかた) ()()() B神通(じんずう)第一(だいいち)(はたらき) (もく)(けん)(れん) C論義(ろんぎ)第一(だいいち)(はなしかた) ()(せん)(ねん)  D頭陀(ずだ)第一(だいいち)(はげみ) 摩訶(まか)迦葉(かしょう) E持律(じりつ)第一(だいいち)(たもちかた) 優波離(うばり)  F(てん)(げん)第一(だいいち)(みとおし)  阿那律(あなりつ)  G(みつ)(ぎょう)第一(だいいち)(おさめ) 羅睺羅(らごら) H()(くう)第一(だいいち)(しりかた) 須菩提(しゅぼだい) I多聞(たもん)第一(だいいち)(ききかた)阿難(あなん)()
釈迦(しゃか)如来(にょらい)(かく)れまして 二千余年(にせんよねん)になり(たま)う 正像(しょうぞう)二時(にじ)()わりにき 如来(にょらい)遺弟(ゆいてい) ()()せよ
釈迦(しゃか)()け 弥陀(みだ)は ()いよに (なか)(われ) ()され()かれて まいる極楽(ごくらく)
釈迦(しゃか)()け 弥陀(みだ)は ()いよに (なか)(われ) ()され()かれて まいる極楽(ごくらく)  二河(にが)白道(びゃくどう) ()(そん)
(しゃ)()(おう)() 蓮華(れんげ)化生(けしょう) ((この)())を()てて、()の(()、すなわち浄土(じょうど)()き、蓮華(れんげ)化生(けしょう)する))
借金(しゃっきん)を (しち)()いても (はつ)(がつお) (もと)めて()わん ()()はば()
娑婆(しゃば)()も (いま)(くる)しと おもほえじ ミオヤにとはに なぐさまる()